クールな弁護士の一途な熱情



苦しい、つらい、悲しい。

それらの気持ちを表すように、涙がひと粒こぼれた。



「……入江、大丈夫?気持ち悪い?」



その涙に気づいたように、静は濡れた頬をそっと指先で拭う。



どこまでも、優しい人。

その温もりに、もっと触れたい。甘えたい。

なのに、頭によぎるあの日の上原さんの声が、また私を暗い世界に突き落とす。



『ごめん。俺……果穂のこと、選べない』



さよならよりも残酷な、ひと言だった。



「……上原、さん……」



静かなタクシーのなか小さくつぶやいた名前は、別れを告げられたあの日以来初めて口にしたもの。



車のエンジン音でかき消されて、彼の耳に届きませんように。

ぼんやりとする意識のなか、ただそれだけを願っていた。






< 58 / 198 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop