橙色の糸
俺が最後に聞いたのは、咄嗟に踏んだブレーキでタイヤがあげる甲高い悲鳴。

俺が最後に見たのは、眼前に迫る大きな鉄の塊。

直後に訪れた衝撃によって俺の記憶は途切れた。



ピーー、ピーー、…
頭のすぐ横で機械音がなっている。身を起こそうとしても体が動かない。

「…さん!父さん!!」

__誰かが俺を呼んでいる。幼い男の子…俺の息子、俊介の声だ。

「貴方、しっかりして!!お願いよ…」

__涙を含んだ女性の懇願する声。間違えるはずがない。俺の妻の奏恵の声だ。

「高橋さん!?高橋さん、聞こえますか?」

__これは…誰だかわからないが、聞こえていることを伝えようと、俺は久しぶりに声を発した。

「…はい」

掠れた、小さな声しか出なかったことに少し動揺した。

「あぁ、良かった!先生、意識の確認とれました!!」

「…?あの、何が起こっているんですか?」

我ながら馬鹿な質問だったと思う。それでもその声の人はハッキリとした口調で答えてくれた。

「落ち着いて聞いて下さいね。高橋さん、あなたは交通事故を起こして今まで意識不明の状態でした。…でも今は心拍数も血圧も安定してきているので安心してください。」

その言葉を聞いて事故の記憶が走馬灯のように蘇った。タイヤの悲鳴、鉄の塊のバケモノ…恐ろしい。

そんな風に意識がはっきりしてきたからか、俺はあることに気がついた。意識が戻った時に条件反射の様に目を開けたつもりなのに視界は真っ暗で、周りの皮膚の感覚から目には包帯がグルグル巻きにされているようだ。

「…あの、俺の目はどうなっているんですか?」

本当は何となく予想はついていたが、その予想が間違っていることを指摘して欲しくて俺はその声に訊ねた。

「あなたの目は…先程の事故でかなりの損傷を受けてしまっています。今は麻酔のおかげで痛みは感じていないと思いますが…」

__元に戻るかはわかりません。

言葉を選びながら教えてくれたが、最後の一言が俺の予想していた最悪の状態にあるということを残酷にも告げた。

暗い視界が更に闇くなるような絶望。

それらからにげるように、俺はまた意識を手放した。


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