紫陽花のブーケ

「課長~助けてくださいよ~!アイツ引継ぎ資料だけ山のように俺の机に置いてって連絡できないとか、ありえないっすよ~」

「今まで寺内がやってきたことだ、できないことはないだろう」

空港から直でオフィスに向かい、フロアに足を踏み入れた途端、高杉が泣きついてきたが、速攻で切り捨てる

本当にそれどころではない

移動含め、10日あまりのはずだった出張は、美季との連絡が途絶えた頃から追加の仕事が次々と舞い込んで、延長に次ぐ延長を余儀なくされた

『せっかくヨーロッパにいるのだから、ついでにそっちの取引先や支店にも顔を出して来てくれ』

本部長と先方の間で決められれば、勝手に帰国することもできない
10日ほどの海外出張がほぼひと月に延びれば、その分の仕事の調整も容易ではなく、仕事は溜まる一方だった

何より美季に会えない、声も聞けないでは本気で気が狂いそうだ
彼女に何かが起きていることは間違いない

ーーー早く、一秒でも早く美季にあって確かめなければ!


取り敢えず、今日中でなければならない緊急の案件を振り分けていると、内線が点滅するのが目の端に映る

舌打ちしたくなるのを堪えて受話器を取ると、美季と仲の良い近藤からだった

「悪い、急ぎでなければ後に…」
『美季のことで。小会議室に来てください』

後にしろと言おうとして、被せる様に聞こえた名前に口を噤んだ

“美季のことで”なら、否応はない

――何よりも知りたくて、そこに聞きたくなくとも聞かなければならないことがあるとしても

自分に聞かないという選択肢はない

「……わかった。20分ほどで行く」

それだけ告げて受話器を戻すと、思わず溜息が洩れる

ジワジワと浮かびそうになる嫌な考えは頭を振って追い出した

そして目の前の仕事を終わらせるべく、私は書類を裁くスピードを上げた---


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