恋のレッスンは甘い手ほどき

――――

綺麗なネックレスが首元で揺れている。
それをぼんやりと眺めているしかできない。
先日、甘いクリスマスを過ごせていたと思った矢先に、誤解から暗闇に落とされた。
何とかして貴也さんの誤解を解こうと話をするが、貴也さんは私が照れて否定しているものだと思い込んでおり、事態はややこしくなりつつあった。

「というか、貴也さんは忙しくて、私と話す事すらほとんど出来ていないんだけどね……」
「みんな今年中に終わらせたい仕事が多いからな」

食堂のテーブルを拭きながら独り言を漏らしたはずなのに、それに返事があってギョッとする。
顔を上げると、野上さんが立っていた。

「びっくりさせないで下さいよ」
「辛気臭い顔してるな。なにかあったのか?」
「……秘密です」

拭いたテーブルにコーヒーを置いて野上さんは座った。

「それ、キザからのプレゼント?」

ネックレスを見つけ、そう聞いてくる。
テーブルを拭いて屈んだ時に、白衣の下から出てしまったようだ。

「ええ、まぁ……」
「その割には浮かない顔して。なにかあったの?」
「別に……」

別にと言いながらつい俯いてしまう。
何かあったと言っているようなものだが、上手くとりつくろえなかった。
野上さんは「ふぅーん」と呟くと、コーヒーを飲んだ。

「そうだ、この前の約束覚えてるでしょう? ご飯、奢ってもらうって」
「あ、はい」
「急だけど、今日の夜空いている? 良かったら夕飯付き合ってよ」

貴也さんのこともあったから、野上さんと二人でご飯に行くのはどうしようかと迷いが出たが、この前の約束もあるからと頷いた。

仕事が終わると、野上さんからメールで送られてきたお店で待ちあわせる。
会社から歩いて数分の所にある、綺麗な個室居酒屋的な場所だった。
弁護士だし高いお店だったらどうしようかと思っていたけど、大人の居酒屋的な雰囲気が漂う所で、ホッと胸をなで下ろす。
中ではすでに野上さんが待っていた。

「遅くなってすみません」
「いや、大丈夫」

お酒と食べ物を適当に頼み、「お疲れ様」とグラスを合わせた。
野上さんと二人で食事なんて、何を話せばいいんだろうと思っていたけど意外と話は弾んだ。

「野上さんって結構話しやすいんですね」
「どういう意味? キザよりもまともだと思っているけど」

そう言われて苦笑する。

「俺だったら、そんな顔させないし」

そう言いながらお酒を飲む野上さんの目がまっすぐ私を見つめてくる。
なんだか居心地の悪い視線から避けるように料理に手を伸ばした。

「最近ずっとそんな顔しているけど、キザと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩っていうか……」

ゴニョゴニョと誤魔化す。
話したら恋人契約のことも言わなくてはいけない。

「別れようとでも言われた? あ、でもそしたらクリスマスプレゼントなんてもらわないか」
「……プレゼント嬉しかったんですけどね。ちょっと、誤解が生じたというか、なんというか」

はぁ、とため息が漏れる。

「誤解ねぇ。大方、俺と居るところを勘違いされたとか?」
「いや、まぁ……そんな感じです」
「じゃぁ、今日もやばいんじゃないの?」

そう言われて、うな垂れる。
貴也さんには遅くなるとだけ伝えて、夕飯は作れないから適当に食べてほしいとメールした。
返事はない。
きっと、このことも知られたらますます誤解されるだろう。
じゃぁ、野上さんの誘いに乗らなければいいのにって話よね。
でも約束したし、断るのもなんか変な気がして……。

「そんなに落ち込むなら今日断っても良かったんだよ」
「いや、でも……」
「じゃぁ、俺にも脈があると思っていいわけ?」
「え?」

突然の言葉に頭に? マークがつく。
キョトンとするが、野上さんは口角を上げる。

「キザなんてやめて、俺にしたら?」
「野上さん? 何言って……」
「結構、本気なんだけどな」

そう言う顔は笑顔だが、目は真剣だ。




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