恋のレッスンは甘い手ほどき

貴也さんはぼそっと呟くように話し出した。

「半年前、鈴音は野上を好きになったのかと思っていた」

鈴音と呼ぶ声にドキンと胸が跳ねる。
懐かしい響き。

「だからてっきり二人は付き合っていると思っていたけど、帰国したら鈴音は仕事を辞めていて、野上からはとっくに振られているって言われた。その時、俺はずっと勘違いしたままだったんだって気が付いた」
「私は何度も言いましたよ。野上さんとは誤解だって」
「あぁそうだったよな。でもあの頃は鈴音の話を聞きたくなかった。野上と親しくしているのを見ただけで、イライラが止まらなくて鈴音にも酷く当たりそうだったんだ」

イライラしていた? 貴也さんが? どうして。
疑問が顔に書いてあったのだろう。足を止めて見上げると、貴也さんは申し訳なさそうな顔をする。

「嫉妬していた」

嫉……妬? 

「貴也さんが? どうして?」
「鈴音が好きだったから」
「あぁ、なるほど」

そうか、私を好きだったのか。それで野上さんに嫉妬してあんな態度を……。
え?

「ええ!?」

好き!? 貴也さんが私を!?

「そんなに驚くことか? うすうす気が付いていると思っていたけど」
「いえ、全く」
「そうか。好きだった……いや今も好きだよ、鈴音。今更かもしれないけど」

突然の告白に呆然とする。
頭の中の処理が追い付かない。
半年前のあの時から私を好きだった?
そういえば、何度も野上さんが好きなんだろうと言われた。もしかして、勝手に振られた気でいたの?
貴也さん、ひとりで誤解してただけなのね。

「凄い情けないよな。ひとりで空回りして恥ずかしいよ」
「……ですね」

完璧な弁護士のくせに、勝手に誤解して振られた気になって……。
あんなに悩んでたのに、急にフフッと笑いが込み上げてきた。

「どこから話をしたら良いのかわからないけど……、でもひとつだけ言えるのは……」

貴也さんを見上げる。

「私はずっと貴也さんが好きですよ」
「鈴音……」

ニッコリ微笑むと、驚いた表情をした貴也さんは私の腕を引っ張ってその胸の中に閉じ込めた。
そして顔を上げた私の唇に優しく、でも思いをぶつけてくるような熱を込めながらキスをしてくる。
苦しくなるようなキス。
なのに、もっととねだってしまう。

「ん……」

余裕のなさそうな貴也さんに少し嬉しくなってしまう。

「ずっと? 好きでいてくれたの?」

唇を離し、その広い背中に腕を回す。
切なげな声に小さく頷いた。
ピッタリと身体をくっつけると、胸の痛みや苦しみが消えてじわっと満たされていく。
会いたかった。ずっと会いたかった。

「そうメールでも伝えましたよ?」
「メール?」

不思議そうにされて、おや? と思う。
てっきり既読無視だと思っていたけど……。

「貴也さんが日本を発つ日。実は私、空港まで行ったんです。でも間に合わなくて……。だから、メールしたんですよ」

『私は貴也さんが好きでした』

そうメールに書いて送ったのだ。
すると貴也さんは片手で額を押さえた。

「まじか……。あの時、ずっとスマホの調子が悪くてアメリカに着いたらついに壊れたんだ。仕事用のスマホがあったから、それからずっとそっちを使っていた」
「え……、じゃぁメールが届いていたことも知らなかったんですか」

通りであの時何度も連絡しても繋がらないわけだ。
メールもスマホが壊れたから読めなかったのか。

「メールで告白したつもりだったから、無視されていると思ってました」
「読んでたらすぐに日本に帰ってたよ」

残念そうに言われて、お互い顔を見合わせて吹き出してしまう。
こんがらがっていた糸がほどけた時のようになんだかスッキリした気持ちになる。

「とりあえず、契約なしで恋人になってもらえないかな」
「とりあえず、練習なしでときめいてもいいですか?」

そう言い合うと、二人して笑いあった。



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