悪役令嬢、乙女ゲームを支配する

「それは嬉しいね。マリアが城にいる間はいつでも来ていいよ」
「本当? 毎日来ちゃうけど大丈夫?」
「大歓迎さ。あ……でも明日は花畑の開放日だから騒がしくなるかもねぇ……」
「開放日って、昨日言ってた街の子供達が来るっていう――大変! おばさんの思い出の花が荒らされちゃうじゃない!」

 思わずガタンッと音を立て勢いよく立ち上がると、カップの中のハーブティーが大きく揺れる。

「言ったろう? しょうがないんだ、って。街の人もこの花を眺めること、子供は広い野原を駆け回って遊ぶことを楽しみにしてるんだ。誰も悪くないんだよ」
「そうだけど……あ、ねえおばさん! 私が王子に言えば何かしら対応してもらえたり……」
「そんなこと絶対やめておくれ。誰もこんな老人の思い出話に興味なんてないんだ。それにこの話はマリアにしか言ってない。部外者のマリアだからあたしもつい話しちまったんだよ」
「…………」
「マリアの気持ちは嬉しいよ。ありがとうね」

 黙り込む私をおばさんは宥め、飲み終わった自分の分のカップをキッチンで洗い始めた。

 ラナおばさんの丸まった背中を見ながら、おばさんが何かを犠牲にしてまで花を守ることを望んでいないとわかりながらどこが腑に落ちない私がいて――

「ラナおばさん。明日、私ここに来るから。変なことは……しないって約束はできないけど、おばさんが嫌がることはしないって約束する」
「……マリア」
「私がここにいる間だけでもさ、私におばさんの思い出を守らせてよ」

 おばさんはカップを洗う手を止めて私の方を見ると、言っても聞かないと察したのか呆れた顔をして笑い、小さく頷いてまた前を向いた。

 どうして私が、おばさんの花をここまで守りたいと思ったかは自分でもよくわからない。
 ただ、どんなに時が経って、いなくなっても一人の人を愛し想い続けるおばさんが。

 人をまだ一度も愛したことない私には、どうしようもなく眩しく見えたのだ。

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