さぁ、このくそったれな世界にさよならを。

部屋に響く男の悲鳴。
嗚呼、なんて耳障り。
まだ指の爪を三本、剥がしたくらいでうるせえな。
あの子が受けた痛みや苦しみはこんなもんじゃない。
まだたった十三才だった。
そんな小さな女の子にお前はいったい何をしたか覚えてるか?
「もっ……もうやめでぐれ……!」
ボロボロとみっともなく泣く西宮亮介にあたしは薬指の爪を引き剥がす。
途端に上がる絶叫。
痛みに暴れるから鎖がジャラジャラと音をたてて、酷く不快な気持ちになった。
「やめてってあたしの妹も言ったんじゃない?そう言った十三才の女の子にお前ら何をしたか覚えてる?あの子の遺体を見たあたしの気持ちがお前に分かる?顔面は原型を留めてなくて、体中アザだらけの火傷だらけ。爪なんか両手両足なかったよ。それで?お前、何で四本くらいで泣いてんの?やめろってなに?何をやめろって?あっはははは、ふざけんのも大概にしとけよ、くそが!!」
肉が剥き出しの人差し指に釘を突き刺す。
悲鳴は喉に張り付き、西宮亮介から発せられることはなかった。
痛みにのたうち回ろうとするが両手両足が塞がれているからその場で震えている。
まるで芋虫だ。
何て惨めだろうか。
こんな惨めな野郎にあたしは半身を奪われた。
「ほら、もう一本いくよ。お前の爪が全部なくなる前に答えて。あの日、あたしの半身を殺したのはお前と佐々木大樹ともう一人いるよな。そいつの居場所は?そいつだけ調べれなかったんだよ。佐々木大樹も知らねえって言ってた。そりゃそうだよね。あいつも可哀想にお前ともう一人のパシりだったんでしょう?あいつはお前と違って直ぐにあたしに気付いて泣きながら謝ってきた。ずっと罪悪感に苦しんでたのも知ってるから嘘じゃないのも知ってる。だから、お前の居場所を教えてくれたから許してあげた。え?生かしたのかって?」
そんなわけないだろ。
「楽に殺してやったよ。当然でしょ。」
お前らを殺すためだけにあたしはこの十年を生きてきた。
辛くて辛くて何度も死にたくなった。
父親の死体を細切れにして埋めて、妹の遺体を引き取り、遠い親戚に引き取られた。
名前も知らないような親戚だったけれど、その人達は優しかった。
元々子供が欲しいと思っていた老夫婦であたしは本当の子供のように大切に大切にされた。
そんな人達をあたしは騙してこの日のために利用した。
きっとあたしは地獄に堕ちるだろう。
それでも構わない。
あたしはあたしのためにこうして両手を血に染めている。
それでどうなろうとどうでもいい。
生きる意味を果たすためならば何だってしてやるって決めたんだ。
「早く答えろよ、知らないわけないよな?佐々木大樹は言ってたぞ。俺は知らないけど、お前とそいつはまるで兄弟みたいに仲が良いって。だから、悪いことも一緒にやるって。あの日、あたしの大切な大切な半身を拉致しようって言ったのはどっち?お前か?残りの一人か?ほら、答えろよ。質問に答えられないような役立たずな舌もいらないか?」
「お、お、俺の携帯に優の番号も住所もある!悪かった、言い出したのも優なんだ!頼む助けてくれ、死にたくない!!」
「あっはははは、知らねえよばぁーか。」
西宮亮介の荷物を漁り、携帯を取り出しパスワードを打ち込み連絡先のなかに見付けた最後の一人。
名前は橘優。
優だって。
優しさの欠片もないくそったれに相応しくない名前だ。
そんなことを思いながらあたしは西宮亮介の携帯でその番号にかけ、携帯を西宮亮介の足元に放り投げる。
無機質なコール音が辺りに鳴り響いた。
「今から十コール以内に橘優が電話に出てお前を助けに来るって言ったらお前だけ助けてやってもいい。」
そう言えば、西宮亮介の目の色が変わった。
必死に携帯を引き寄せ、痛みを忘れたかのように携帯に向かって橘優の名前を叫ぶ。
早く出ろ早く出ろ早く出ろ!!!
醜くあまりに下劣なその姿にあたしは沸き上がる嫌悪感と嘔吐感を必死に堪える。
人間はここまで堕ちるものか。
そうして、十コール目。
電話は繋がった。
「優、優、優っっっ!!!!!!俺だ、亮介だ!!!!!!助けて、く、れ………?は………?」
そこでやっと西宮亮介は気付いた。
喚く自分の声が二重に聞こえることに。
愚かな男が状況を理解するのにそれはもう時間がかかった。
電池が切れかかった玩具のようにゆっくりゆっくり西宮亮介は顔を上げる。
そして、眼球が飛び出るのではないかと思うほどに目を見開きあたしを見た。
あたしの右手には通話中の橘優の携帯。
左手には顔の原型を留めていない若い男の生首。
その男が誰かなんて言わなくても分かるよね。
にんまりと口角を上げ、あたしは一歩西宮亮介に近付く。
そして、笑ってやった。
「あっは、ごめーん、忘れてた。そういえば、橘優は昨日拉致って細切れにしたんだったわ。いくら電話をかけても出ないし助けにも来ない。ってことは、さっきのはなーし!さぁ、爪剥ぎから続行しようか。それが終わったら根性焼きも首絞めもしないとね。ほら、教えてよ。あの子にお前は何をした?」
全部全部倍返しにしてやるからさ。
そう言って、西宮亮介の指を掴めば凄まじい悲鳴を上げた。
まあ、あたし以外の誰にもその声は届かないんだけど。


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