彼女を10日でオトします
「おねーさん、おねーさん」

 トレーにカップを載せて歩いてくるお姉さんは、「なに?」というように、綺麗な二重の目をパッチリと開けて、俺の目を覗き込む。

「あの扉の向こうはなあに?」

 俺の質問に、いったん視線を外して、首をかしげ、再度俺の目を見つめた。

「ヒミツ。――と言いたいところだけど、バスの中で親切にしてもらったし……。
御礼に、まりこさんが出てきたら、特別に入っていいわよ」

 秘密……。甘美な響きぃ。き、気になる。でも怪しい。

 秘密の会員制カジノとか、会員制SMクラブとかだったら、ダッシュで逃げるわよ、たすく君は。

 もうね、そういうこととは、とっくの昔におさらばしたの。
 
 お姉さんが怪しい笑みをこぼす。

「30分したら出てくるから、それまでのんびり飲んでて」

 そういいながら、綺麗な白い手でカップをテーブルに置いた。
 かちゃり。ソーサーとティースプーンが擦れる。

 30分……? カジノだとしても、SMクラブだとしてもちょっと短すぎるんじゃない?

 ブラックのままの液体をそっと口につける。独特の苦味と、さらっとした口当たり。

「おねーさん、コレ、絶品!」

 カップを、目線の高さまであげて、カウンターを見る。
 
 おねーさんは微笑みを静かにたたえて、
「嬉しい。私がブレンドしたの。今日は、お代わりもサービスさせて」
と、朗らかにいった。

 するすると腹に落ちていく琥珀色の液体と自然に耳に浸透するジャズのセロ。

 ここでは、ゆったりと時間が流れていくようだ。しかも、とても自然に。

 なんかの歌詞みたいに、時計の針がなかなか進まなくても、イライラなんかしない。

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