彼女を10日でオトします
 冗談なのか、本気なのか判然としない発言に、無意識に溜め息が落ちた。

 躊躇のない視線を感じて顔を上げれば、その視線はたすくさんのものだった。

 だから、顔が近いってば。

「やっぱり、素顔を大衆に晒さなくてもいいんじゃない?」

 言っている意味がさっぱり分からないのですが。

「何が言いたいのよ」

「俺、キョンを独り占めしたいのお」

 たすくさんは、とび色の瞳を丹念に潤ませ始めた。

 ……でた。ウルウルアイ。

「そんな目をしたって、嫌よ。
私は私。人権ってしってる?」

 そっぽを向きながら、手の甲で払う素振りをした。

 窓に目をやると、真顔のたすくさんが映っていて。
 真顔だったら、ちょっとかっこいいのになあ、なんて柄にもないことを考えてしまった。

 バスの窓ガラス越しに目が合った途端、

「――人権、human rights」と、真顔のままたすくさんが言った。「人間が人間として生まれながらに持っている権利。実定法上の権利のように恣意的に剥奪又は制限されない。基本的人権」

 言い終わると、「でしょ?」と顔をほころばせる。

 すごいでしょう、と自慢しているというより、どこからかボールを見つけてきた子犬が褒めて褒めてと尻尾を振っているような顔。

「な、なんなのよ、それ」

「広辞苑第六版より抜粋。1443ページの一番下段、八項目に乗ってるよ」

「ぜ、全部覚えてるの……?」

「うん。つい最近、キョンを待ってるのが暇でさあ。貴史ちゃんとこで眺めてた」

 さ、さいですか。

 歩く広辞苑、戸部たすく。
 扱いづらいことこの上ない……。

 
 

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