オトナだから愛せない
「お前、本当にバカ」
「……え」
「焦るだろ、バカ」
「バカじゃない……」
「バカだろ……本当、」
「……、」
「……別れるとか、言うなよ」
「え……」
皐月くんはまた私を引き寄せると今度は先ほどよりも優しく抱きしめてくれた。その体温が心地よくて思わず遠慮がちにジャケットの裾をぎゅっと握った。
「胡桃、」
「なんで、しょうか」
耳元に穏やかな皐月くんの甘い声音が落ちる。
「さっきカフェの前で一緒にいたあの人とは仕事の話をして、ちょうど帰るところだった。あの人が俺を下の名前で呼ぶのはあの人ずっと海外に住んでて向こうでは下の名前で呼ぶのが当たり前だから。で、ちなみにあの人は会社の部長の奥さん」
「え……」
「他になにか不安なことは?」
「……私のこと見たとき皐月くんため息ついて、罰が悪そうな顔してた……」
「いや、あれは、」
「あれは、なに?」
「いや……その、」
「やっぱり、なにかやましいことでもあったのですね……」
「ふざけるな、上司の奥さんに手なんか出すか」
皐月くんはそのまましばらく黙り込んで体を離して私を見つめる。と、そっと私の目元を撫でると意を決したかのように唇を開いた。