ことほぎのきみへ
……バレないようにしていたとしても
きっと矢那さんは全部お見通しなんだろう

昨日『も』って言ってたし



「いつもはね、仕事終わりのこの時間に寄るの。
たまに抜き打ちで朝とかに立ち寄ると…」


頭を抱えて
はぁ……と、また深くため息をつく矢那さん


……乱れた食生活の痕跡を発見すると

皆まで言わなくてもその表情で理解できてしまう



「放って置いてくれていいのに」

「だからほっとくとカップラーメン漬けの毎日でしょうが」

「支障ないし」

「後から来んのよ!」


付き合いが長く、気心が知れてるからか

矢那さんの前だと
ひさとさんの雰囲気は少し幼くなる


ぎゃーぎゃー言い合うふたりを見て


………少し、安心した



この人を心配してくれる人がいる事に

口うるさく叱ってくれる人の存在に



この人は
ひとりでも平気そうに見えたから

そういう雰囲気を感じたから


それがなんだか寂しくて


……だから、ほっとした





「……えっと、いろはちゃん、でいいかな?」


ひとしきり、ひさとさんに説教をして
気が済んだ様子の矢那さんが私に顔を向ける


「はい」

「とりあえず、今日は遅いから
ここに泊まっていくといいよ」

「え、でも…」


ちらりとひさとさんに視線を向ける


「…」


ひさとさんはどちらでも構わないのか
何も言わない


「私も一緒に泊まっていくから安心して
ひさとが手を出さないように見張っとくから」


「…俺をなんだと思ってるんだろ、この人」


「ね?」


ひさとさんの呟きを無視して
矢那さんはにっこりと私に笑いかける



……今から駅に向かえばぎりぎり終電に間に合うけど……


「ね?」


……ものすっごい良い笑顔で
同意を求めてくる矢那さん


……
…………
………………その厚意を無下にできず



「……はい」



私は頷いた
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