ことほぎのきみへ
「あ…私も、名前……」


…名乗ってない


「知ってる。『いろは』でしょ?」

「え?…なんで…」

「海で、そう呼ばれてたから」



教えてないのに名前を言い当てられて
目を丸くする私にあの人は言う



海…


……そういえば

この人に連れられて皆の所へ戻った時

一番に私の姿を見つけたのが
つゆき先輩と亜季だった


あの時
亜季は私を『いろは』と呼んでた


たまに本当に焦った時とか、亜季は私を
『いろちゃん』じゃなくて『いろは』って呼ぶ



呼ばれた私の名前を

どうやらこの人は覚えていたみたい



「特徴的だったから、覚えてた」


「…そうですか
えっと…歳は17、高校生です」


「うん」








「…ほんとにあんたはマイペースなんだから…」


それきり無言になるあの人に、
…ひさとさんに、矢那さんは肩を竦める


テーブルを挟んで向かいのソファーに座る私に
向き直ると、矢那さんは自己紹介をしてくれた


「私はひさとのイトコの
久遠(くおん)矢那
ひさとと同じくこの辺に住んでるの」


「さっき話した叔父さんの娘だよ
で、俺のお目付け役」


「…お目付け役?」


「ひさとはほっとくと不規則な食生活になるから
たまに様子を見に来るの
昨日も朝昼晩カップラーメンだったのよ?」


矢那さんは眉間にシワを寄せ
ひさとさんを睨みつける

ひさとさんは慣れてるのか鋭い眼光にも動じない



「…怒られてるじゃないですか」



隣のひさとさんにぼそりと呟く


さっき、『大丈夫』なんて言ってたけど
矢那さんの様子から察するに
かなりの頻度で同じことを言われてるはず



「たまにだよ。いつもはバレないようにしてる」

「バレないようにって…」

「今日は朝、ごみ出すの忘れてた」


……証拠隠滅
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