ことほぎのきみへ
「……本当に、めんどくさい……」


……
……


嫌気がさしたように力なく呟くひさとさん
壁に背を預けて目を伏せると
そのまま黙りこんでしまう

……

……それ以上詳しい事は口にしなかったけど
きっと、もっとたくさんの事があったんだろう



聞いてるとひさとさんは
『絵をお金にする事』や
『絵に値段をつける、つけられる事』に関して
特に強い拒否反応を起こしてる



純粋にひさとさんの絵に感動して
その腕を称賛して
声をかけた人もきっといたんだろうけど……

多分、さっきの電話先の相手のように
絵の事をただのお金儲けの道具としか見てない人と会話することが多かったんだろう


お母さんが絵描きだったと言うし
元々は、そこまで過剰に反応するほどでもなかったのかもしれないけど

相手のそういった我や欲に
長い時間あてられて

ひさとさんは、価値やお金と言ったものに対して
拒否反応を起こすようになった


……って、全部推測だけど思う



…………ひさとさんからしたら

ご両親が亡くなってからずっと
『他人』に振り回されてる状況なんだろう

勝手に持ち出されて、持ち上げられて
期待や欲や我をぶつけられて


そんなの……疲れないわけがない


……
……
……


未だに何かを考え込むように沈黙を続ける
ひさとさんの頭をそっと撫でる


「…」

ひさとさんが伏せていた目を上げて私を見る



何も言葉なんて返せない

気持ちを楽にする言葉が今の私には思い付かない

気の利いたこともできない


だけど


今、ひさとさんがすごくしんどいのは伝わるから

それだけは分かるから



あの時、自分がしてもらったみたいに
その頭を撫で続ける



「…」



ひさとさんは何も言わず


そのまま静かに


また目を伏せた
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