夫は正真正銘の鬼です
俺の妻は番

俺の妻である美子はとても愛らしく可愛い。
本当に夫の贔屓目とかそんな話なしで可愛い。
近所の独身の若い男ならまだしも既婚の男でさえ美子の愛らしさに惚けているのは許すことの出来ない案件である。


俺は何度も彼女(美子)の魂へ自分の妖力を注ぎ、転生出来る力を与え続けている。

それを滑稽に思っているくらいの妖怪であれば問題ないが、よく思わない妖怪が複数いるのが困り物だ。

毎回邪魔をされ、彼女と天寿を全う出来た事はまだ1度もない。

現在ではかなり医療が発達してきているため美子の天寿も長くなってくれるだろうが、それまで無事に過ごせる可能性は限りなく低い事も事実である。

最近とうとう俺達の事をよく思っていない妖怪の1人である九尾狐に居場所が特定された可能性があるため拠点を移すように茨木童子から連絡があったばかりだ。

あの女狐は美子の魂を3回も俺から奪った妖怪だ。
憎い相手ではあるが、俺と同じく千年を超える時を生きてきた妖怪であるため力は互角。
殺りあったとしてもお互いに死ぬ事はないであろうし、それ以前の問題で女狐は俺と交合う事が目的であるため殺し合いにならない。
説得するか逃げるしか方法がないのだ。


明日から移動するための準備に取り掛かるため忙しくなりそうである。

俺の結界に囲まれた安全な山へと美子を連れて行けたらどれだけ楽だか知れないが、人間として生きている美子の生活を壊す権利は俺にはない。

それでも一緒に居たいという俺の我儘を毎回彼女は困った様に笑いながらも受け入れてくれるのだ。


少しでも美子の負担を減らし、幸せに暮らしたい。
美子と共に歳をとって共に天寿を全うしたい。

俺の願いはただそれだけなのに、どうして毎回上手くいかないのだろう。




自分の妖力の関係で悩みや怒りが天候を左右してしまう事は分かっていても、女狐が美子を狙って来ていると分かっている今の状況に冷静では居られない。

外は雨が降り始めたが、豪雨や雷雨までにはなっていないのでマシな方だろう。

美子には気付かれていないはずだ。



昔、美子が高校生くらいの頃に他の妖怪から護るため俺の妖力で作ったブレスレットを身に付けさせていたが、タチの悪い同級生の女達に千切られてしまった事がある。


学校という閉鎖的で不便な環境下で俺が傍に居られない時でも美子を護るために、身に付けていても不自然ではない物を。
そして人間に人目で美子が"俺の女"であると知らしめるために作ったお揃いのブレスレットだった。

千切れた瞬間、すぐに美子の危険を感知したため急いで美子の元へ向かったが、たまたま近くにいた中級の妖怪に襲われかけていた。

そいつ(中級妖怪)は俺の姿を見た瞬間(すく)み上がり許しを乞うような事を言ってきたが、許せるはずもないためすぐに殺した。

それでも俺の怒りは収まらず、1週間に渡って雷雨が続いた。
人間の美子が愛しくて仕方ないが、それ以外の人間のなんと醜いことか。

俺をこんなにも狂おしい気持ちにさせる美子は、俺の唯一。番と言ってもおかしくない存在なのだ。

俺が大切に慈しんでいる美子を危険に晒したあの人間の女達を殺すことなど一瞬だ。
だが美子はそんな事は望まないだろう。

誰よりも優しく、いつだって自分の事など二の次な美子を俺が1番に大切にしたい。

あの女達を殺したい。
殺してしまったら美子は悲しむ。

矛盾した気持ちが渦巻き、抑えられなかった為に、災害により多くの命を奪ってしまい結局俺は美子を悲しませてしまった。


俺の鬼であるという本質からは抗えない。

彼女はそれ以降、極力俺の心が乱れる事のないように出来る限り傍に居てくれるようになった。
ブレスレットではなく今度はアンクレットを作って身に付けさせた。

俺は妖力が高過ぎる為か昔から女(人間、妖怪を問わず)を引き寄せ過ぎてしまうため、美子は妖怪だけではなく人間の女からも攻撃を受ける事が続いた。



ようやく社会人という人間社会の中で比較的自由が効く年齢になれた事で、美子への攻撃も減ってきたし、店も軌道に乗ってきたというのに。

本当に忌々しい女狐だ。


店自体に何重もの結界を張り巡らせてはいるが、見つかるのも時間の問題。
美子の命を狙われている事は極力本人に勘づかれたくないが、今回はやむを得ない。
明日にでも妖術で店を移動させておいた方が良いだろう。
今までも数回程、時空を歪めて別の地域へ店を移動させた事がある。
表向きの入口は同じ場所だが、店へは許された者しか立ち入る事の出来ない空間となり、俺と血の(さかずき)を交わした妖怪か普通の人間以外の者は排除される仕組みだ。



2人で暮らすマンションの"ように見える"一室で、お風呂から上がった美子が俺の顔を見て近寄ってきた。

「努、どうしたの?顔色悪いよ?」

美子が心配そうに俺の額へ柔らかい手を当てて体温を測ろうとしている。
鬼が体調を崩すなんて事がある訳もないのに。


「…何でもない。明日妖術で店を移動させるが美子はいつも通り働いてくれていればいいから。」

「…うん。」

美子の返事を聞いたと同時に柔らかい肢体を持ち上げ寝室へ運ぶ。

まだ少し湿っている髪と暖かい体からはとてつもない程甘くて愛しくて仕方ない匂い。

美子の魂に俺の妖力を注いで混ぜた独占欲の塊でしかない匂いだ。
質の良い妖力を注いでいるからか、他の妖怪にもかなり魅惑的な匂いがしているらしい。


ベッドへ美子を出来る限り優しく寝かせる。
毎夜体を繋げて俺の妖力を美子へ分け与えるのが習慣だ。

与え過ぎると魂の器がいっぱいになり壊れてしまうし、少な過ぎても器を満たせないため転生する力が足りなくなる。
常に俺の妖力で満たしておかないと不安で不安で仕方ない。


何度か確認のように軽く唇を重ねると、美子はとろんとした瞳を細めて俺を受け入れる。

抵抗されないと分かっていても、いつか美子が俺を許してくれなくなりそうで不安になる。

出来る限り優しく、怖がらせないように。
(たかぶ)るとどうしても鬼としての本来の姿を隠せなくなる。
角は本来のように大きく尖って硬くなる。
瞳は血の色に染まり、髪は伸び白髪へ。

毎回最初の頃は彼女の体内に俺の妖力がかなり少なくなっているため、妖力にあてられ気絶させてしまうが、器を数回満たしてやるとそれも収まる。

こんなにも醜い姿を晒しても美子は俺を平然と迎え入れる。
それがどんなに幸福な事かいつも彼女は俺に教えてくれる。


番、つがい……
俺の美子………
俺だけの女……………



繋がった場所をゆっくりと揺さぶりながら俺の妖力を注ぎ、同時に美子の心臓が近い左胸に噛み付き血を啜る。


「……努……っ、これ、だめ…っ、、」

美子が狂おしい程可愛い声で俺の名前を呼びながら体を震わせている。

………分かってる、死ぬ程気持ちいいんだろ?
大丈夫、俺も同じだから。

美子の左胸に痣がない日はない。
鬼の所有者である印。


美子の前は雅代
その前は利恵
もっと前の時も、
彼女が俺を迎え入れた日から生涯を終えるまで。


魂の器が丁度よく満たされた頃にはぐったりと動かなくなる美子を人間に近い姿に戻ってから抱きしめる。

「…美子、大丈夫か?体はキツくないか?」

出来る限り優しくしているつもりでも、ぐったりした彼女を見ると心配になる。

「……大丈夫だよ。ありがとう。」

彼女の返事を聞いても抱きしめる腕を解くことなど出来るわけもなく、朝を迎える。



いつものように一緒に店へ出勤し、美子と真白に店の準備を任せ俺は店を移動させる為の妖術を編んでいく。

と、微かに女狐の妖気を感じた。

一気に殺気を隠せなくなった俺を美子が心配そうに見つめている。


「美子、今日は表は真白に任せてお前は奥の整理を頼む。」


美子は察したのか言う通りに俺と奥の蔵へ向かう。

湧き上がる殺気を抑えながら蔵へ着くと美子は優しく俺の頭を撫でてきた。

「私は大丈夫だよ。努はお客さんの接客と鑑定に集中してね。」

「………分かってる。」

「努か真白さんじゃない人が来ても扉開けたりしないから。ね?」

美子の白い頬に手を伸ばしてそっと触れると、俺の手に美子の柔らかい手が重なる。


「いいか、絶対にここから出るなよ。」


念を押すように美子へ伝えて俺は表へ戻った。




今世こそは大丈夫だと信じていた。

今まで(前世)は人間の女に彼女が殺されてしまった事もあるが、今の職場環境なら問題ない。

結界も難易度の高い物を何重にも重ねて掛けているため、上級の妖怪でも美子を見つけることは出来ないだろう。



午前中の営業が始まる前に準備に入り、俺の妖術によって店の移動を終わらせようとした途端に異変を感じた。

移動先に待ち構えていたかのように九尾狐の妖気が充満している。
だが、もう移動を止める事など出来ず完了してしまった。

急いで茨木童子に信号を送る。

"おい、茨木童子、これは一体どういうことだ!"

"酒呑童子様?どうかなさったのですか?"

"お前が「良い部屋が見つかったから急いでそこに移動させた方が良い」と連絡を寄越したのではないか!女狐と謀ったのか!"

"酒呑童子様、落ち着いて、少々お待ちください。現在いらっしゃる場所を確認しています。
………、今貴方様がいらっしゃる場所は私が見つけた部屋ではありません!術式を掛ける前から女狐の妖気があったのでは無いですか?"

"……まさか…"

俺が移動の術式が終わる少し前に女狐が術を掛けてきたのか!?

そして本来移動する場所ではなく女狐のいる場所へ移動させられていたとしたら……

そんな簡単な事にも気付けない程に、俺は冷静さをかいてしまっていたのか…!?



美子のアンクレットからは何の信号もないため無事である事は確かだが急いで奥の蔵へと向かうと、女狐が蔵の扉に齧り付いていた。

怒りが頂点へと達しそうだ。
女狐にも、こんな簡単な罠にかかってしまった自分自身にも。


「おい、お前が何故ここに居る。」

「しゅ、酒呑童子様ぁ~!お会いしとうございました。」

女狐が俺の胸に飛びつこうとしてきたため顔を掴んで潰した。

どうせこんな事で死ぬような玉では無い。
掴んでいるのも穢らわしいので床へ放り投げる。


するとガチャりとゆっくり扉が開いた。


………何故だ!あれほど開けるなと言ったのに!


美子が不安そうな表情で横たわっている女狐に視線を向けた後、俺へ視線を戻す。



「…美子っ、動くな…!」

「………?」


間に合わない!

止めてくれ、俺から美子を奪わないでくれ!



彼女が俺の掛けた結界から1歩踏み出した瞬間、動かなくって倒れる。


それを支えたが、いつも暖かくて柔らかい体は固く冷たい。

また彼女を失ってしまった…。



女狐が、何か煩くまくし立てているがほとんど耳に入ってこない。




「……美子、またお前を守ってやれなかった。
…何年先でも俺はお前を待っている……。
来世こそは天寿を共に………。」



必ず………
必ずまたお前を見つけてみせる……。








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