どうせ神さまだけが知ってる
興味といえば、そうなのかもしれない。
入学してすぐ噂になった、浅井葉月という存在。入学試験トップ通過、高校時代、あの有名なコンクールで大賞受賞、父親は誰もが知る現役アーティスト。独特な色彩センスを使って抽象画を描く天才、そう呼ばれていた。
ーーにも関わらず、彼は入学してから一度も、色を使ったことがない。
浅井葉月に注目していた誰もが度肝を抜かれただろう。入学早々、実力試しの学内コンペでハヅキは、鉛筆のみで描かれた風景画を出してきたのだ。
白黒なはずのその絵が、夕方の空だということ、夏が終わり秋に近づいていること、どこからか金木犀の香りがして、空気は澄んでいることーーすべてがすっと、一目で、わたしたちを納得させた。ただの絵じゃなかった。ハヅキの絵は、音も、においも、季節も、温度も、すべてが表現されていたのだ。ただの、鉛筆一本で。
「……せんぱい?」
「キョーミ、か」
「……?」
「見せて、ハヅキ、その絵」
「え、」
立ち上がってハヅキの後ろへ歩く。まだ途中かけの、私の絵。
ーーああ、やっぱりすごい、ハヅキはきっと特別な人間なんだ。
ハヅキが絵を描き出してまだたった30分程。私の姿だけじゃない。荒削りではあるけれど、窓から差し込む光のあたたかさ、夏の終わりの温度、静まったアトリエの空気、色彩学の課題に詰まっている私の苛立ちーーすべてがスッと、まるで魔法みたいに伝わってくる。
「……これで天才じゃないなんて言うの、ずるいね、ハヅキは」