どうせ神さまだけが知ってる



勢いよく扉を空けて駆け出した瞬間、前をよく見ていなかったせいで誰かにぶつかった。


「わっ、すみませ……」

「イズミせんぱい」


顔を上げると驚いた表情のハヅキがいて、こっちまでビックリする。どうしてこんなところにいるの。

ぶつかったせいで近くなった距離を後退りして離すと、ハヅキが躊躇いもなく私の頬に手を添えてグッと持ち上げた。なんて強引なことをするんだろう。

「……泣いてるの、せんぱい」


まるで見透かされてるみたいだ。

わたしはわざとふるふると顔を横に振る。

涙は出してないはずなのに、堪えているものが溢れてしまいそうで息を飲む。真っ直ぐに私を見つめるハヅキの瞳はどうして今日もこんなに透き通っているんだろう。


「なんで、ここにいるの」

「心配だったから」

「心配って」

「……イズミせんぱいが他の男の部屋にふたりきりでいるなんて、気が気じゃないよ」

「なにそれ、」

「案の定、こんな顔してる」

「何もないから、離して、」

「ねえ何もされてないですよね、せんぱい、ちゃんと答えて」

「何もされてないよ、」

「本当に? でも部屋から出てくるの遅かった」

「お粥作ってあげてたから……」

「ねえちゃんと答えてよ、せんぱい、僕そろそろ気が狂う、」

「何言ってんの………ていうかそれよりここじゃ誰か来たらまずいから、」


幸い廊下には誰もいないけれど、一応男子階に女子が来ることはタブーなのだ。あくまで一応、だけれど。

ハヅキが渋々私の頬から手を離して、「じゃあ外いきましょう」と今度は手首を掴んだ。

前までこんなこと、なんとなかで流してスルーしてきたけれど、今日は違う。


シンジョウの想いで自覚させられるなんて自分は本当にバカだと思うし、認めたくないけれど、私はどうやらどうしようもなく、この浅井葉月という男に惹かれてしまっているみたいだ。



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