溺愛依存~極上御曹司は住み込み秘書を所望する~

「今日は仕事のことも家事のことも忘れよう」

「……」

息抜きしたいという彼のことを『専務』と呼ぶのはたしかに野暮かもしれない。けれど『専務』以外の呼び名など、すぐには思いつかない。

言葉に詰まっていると、信号が赤に変わった。

「試しに俺の名前、呼んでみて」

ブレーキをかけた彼が、私に向かってにこやかに微笑む。彼の笑顔は相変わらずかっこいい。でも、その二重の瞳は少しも笑っていないから怖い。

「……ふ、藤岡さん」

「いや、そうじゃないだろ……」

震える声で彼の苗字を口にしたものの、すぐに指摘が入る。

彼が冷静なのはいつものことだけど、今日はSが見え隠れしているような……。

そんなことを考えながら、今度は彼の名前を口にした。

「ま、真海さん」

満足げな笑みを浮かべた彼の目が、緩やかなカーブを描く。

彼が喜んでくれると、私もうれしい。

心が満たされていくのを実感していると、彼の整った顔が間近に迫っていることに気がついた。

「なに? 菜々子?」

彼が耳元で、私の名前を甘くささやく。

「……っ!」

不意を突かれて驚いる私を見た彼が、クスッと笑う様子を見て思う。

やっぱり今日の彼は意地悪だ。

< 71 / 123 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop