素肌に蜜とジョウネツ
5、あなたに関係ないですよね

薫「昨夜は熱い夜を過ごせた?」

その夜、言われた通りにお米を炊いて、ハンバーグとサラダも作り、隣りの部屋に届けに行くと、玄関ドアを開けた高輪マネージャーから出てきた第一声。

え?
昨日は確かに冷房がないと寝苦しかったけど……
なんて暢気に思いながら、

「クーラー入れてたんで、涼しかったです」

と、答える藤子。

薫「全くつまらない惚け方だな」

という、棘のある言葉の薫。

藤「つまらないって何ですか……大体、惚けてもないんですけど」
薫「部屋に連れ込んでた彼氏と熱い夜は過ごせたかと聞いてるんだが」
藤「え?」
薫「昼前に家に用事があって戻ってきた際に、君の家から出て行く男性を見た」
藤「・・・・・・」

高輪マネージャーの言葉に思考が停止する。
一瞬だけ、止まった後に再び動き出す頭の中。

そうか。
隣りに住むということは、そういうことまで知られてしまうのか……
そう考えると、何だか複雑で面倒くさいっていう心境かもしれない。

薫「彼氏?」
藤「いえ、違います」
薫「へぇ、君は彼氏でもない男を一人暮らしの部屋に上げるの?」
藤「付き合いも長い友達ですから」

高輪マネージャー宅の玄関先で交わされるそんな会話。
いったん、そこで会話が途切れたところで、「どうぞ」
と、本日の夕食がのったお皿を一先ず手渡す藤子。

ちなみに本日もお風呂上りのようで、上半身は裸……
そんな姿の高輪マネージャーに、一方的に凌一についての問いを投げかけられ、
“友達”
そう答える。
その返答はある意味間違ってはいないと思うし、まさか具体的な友達内容まで言えるわけない。

薫「友達ね……」

と、疑いの眼差しを向ける高輪マネージャー。

藤「はい。友達です」

そう、更に声を強める藤子。

薫「その割には、友達に対してあんな艶っぽい声を出すんだ?」
藤「なっ……」
薫「結構、激しいんだね」
藤「そんなわけないですっ!ここは結構、壁が厚いですし、昨日はそんなに激しくは―…」

そこまでムキに言葉を放つと、

藤「―…っ!」

ハッとして、口を覆う間抜けな藤子。

そんな藤子を冷めた眼差しで見た後、

薫「なるほど。そういう意味での友達ね」

クッと、口角を上げて笑う高輪マネージャー。

しまった、なんて思っても、もう遅い。
誘導尋問にまんまとひっかかったというわけで、副業のみならず、そういうプライベートな事情まで知られてしまった。
ますます、本業の職場で顔を会わせたくなくなってしまう……
そんな事を思って、ブルーな気持ちでいると、
カタン、と、先ほど手渡した夕食がのったお皿を靴箱の上に置いた高輪マネージャー。

すると、次の瞬間、

藤「……!?」

突然、左腕を強く掴まれる感触。

な、何……?

と、思った時には、ぐいっと強く引き寄せられて、
完全に高輪マネージャーの部屋内に身体が入り込んでしまっていた藤子。

バタンッ、
と、音を立てて閉まるドア。

藤「な、なな何なんですかっ……!?」

先日に引き続きの突然の行動に、明らかに動揺しながら言葉を発する。
そんな藤子を、

薫「……」

真顔でじーっと高輪マネージャーが見つめる。
あまりにも顔の隅々まで見つめられるものだから、反射的に顔が赤く染まってしまう藤子。だが、

薫「全然、駄目だな」

高輪マネージャーの低い声。

藤「え……?」

駄目?
って、何が?
いきなりの駄目出しに、思わず真剣に考えてみてしまう。
そして、

薫「男に抱かれたというのに、見事な枯れっぷりだ」

という、高輪マネージャーからのトドメの一発のような言葉が……

藤「か、枯れっぷり……?」
薫「何だろうな……女性としてのオーラーを感じられないというか……」
藤「オーラー……?」

藤子の言葉に、「ああ」と、高輪マネージャーが頷く。
そして、

薫「―…そうか、君の場合、だからそんなに冴えない肌をしているのか」

何やら、勝手に推測して納得してしまっている。

えぇ……と引き気味の藤子。

藤「何ですか……?その抱かれたくせに枯れてるとか……冴えないとか……」

とにかく、とっても失礼なんですケド。

薫「好きな男と寝れば普通はもっと艶やかなオーラを放つものだと思うが―…」
藤「もとからオーラは薄い人間なので……」
薫「まぁ、君の場合はあれだな。愛の無い、欲望をはきだすだけの行為をしているから、艶も潤いもないわけだ」
藤「何ですか……その分析は」

よくまぁ、うら若き女子にそんな事をサラッと言えるものだ……
高輪マネージャーの神経を疑ってしまいたくなる。
まぁ、既に疑ってるんだけど……
ただ、高輪マネージャーの言葉はぐさっと心に突き刺さるものがあって、
“愛の無い、欲望をはきだすだけの行為”
その表現は間違ってはいない。

薫「瀬名さん、ああいう関係の男友達って何人もいるの?」
藤「まさか!いませんっ!りょ……彼だけ……です……」
薫「じゃあ、本命の彼氏はいないんだ?」
藤「え……まぁ……はい……」
薫「ふーん。で、その彼とは長い付き合いって言ってたけど、これから先もダラダラ続けるの?」
藤「……」
薫「ヤルだけの関係とか、満たされるのはその場だけで後は虚しさが残るだけだと思うけど」

さっきからグサグサくる高輪マネージャーの言葉。
何だか仕事のミスでもぐちぐちと指摘されているような気分になってしまう。
噂では物腰が柔らかいだのなんだの言われてるみたいだけど、
絶対、この男の本性はこっちのカオな気がする……

それにしても、だ。
夕食を持ってきただけだというのに、何で私は今、上半身裸の男に玄関先でそんな事を言われているのだろう……
何だか徐々にイライラが沸いてくる。
すると、つい、

藤「……すよね」
薫「何?」
藤「そういう私のプライベートな事は高輪マネージャーには関係ないですよね?」

と思わず、かなり感じが悪くなってしまう藤子の口調。

でも仕方ない。
確かに、高輪マネージャーは会社では直属ではないにしろ、私より上の立場の人間ではる。
だけど、このマンション内ではただの隣人で、
例の副業の事とは違って、私の交友関係までを色々と言われる筋合いはないと思う。
それは、そっちだって一緒でしょ?

藤「高輪マネージャーだって女の人を連れこんだ後に私に色々と言われたら気分良くないですよね?」

はっきりと、そう言う藤子。。
そんな言葉と態度に、

薫「まぁ、それは確かに―…」

と、納得を示すような言葉をこぼす高輪マネージャー。
が、

薫「しかし、今は部屋に連れ込むような関係の女性はいない。という訳で、君に色々言われる心配もない」
藤「心配ない……って、仮に、の話ですから」
薫「大体、そういう女性がいるなら、わざわざ君に夕食の出前を頼むわけないだろうが」
藤「……」

やっぱり、いちいち突っかかってくる感じ。
すると、藤子の口からつい、

藤「じゃあ、高輪マネージャーだって枯れてるんじゃないですか」

なんて、出てきたイヤミな言葉。
けれども、

薫「失礼な……俺はちゃんとした付き合いのあった彼女と別れてまだ三ヵ月程度だ。君レベルに枯れるまではまだまだ時間がある」

と、嫌味返しをされる始末―…
ホント、嫌味。
ホント、失礼。
ホント、腹立つ。
けど、もういいや……
高輪マネージャーとのこんなやり取りは疲れる。
私が頑張って嫌味を返したって、倍にして返されそうだし……
だから、もういい。
早く自分の部屋に帰って、ロミ男に愚痴ってイライラを半減させよう。
そう思って、もう余計な事は言わないようにと心に決め、

藤「……帰ります」

とだけ、小さく声を出し、高輪マネージャーの部屋を出ようと、回れ右をして、ドアノブに手を伸ばす藤子。
すると、その瞬間、

薫「待てよ」
藤「―…!」

今度は肩を掴まれ、引き止められてしまう。

藤「な、んですかっ……さっきの話ならもう……」
薫「違う。そうじゃなくて」
藤「じゃあ、何ですか……っ」

振り向けば、高輪マネージャーの上半身が視界に入ってくる。
さっきからずっと目には入っていたのに、やっぱり、こんなシチュエーションに鼓動が早さを増してしまう。
悔しい。
何で、こんな時に、こんなタイプの男にドキドキしてしまうのだろうか……
そんな風に一気に身体中が緊張で包まれていくと、

薫「ジッポ」

肩を掴む手とは反対の手のひらを私の顔の前に出して、高輪マネージャーが一言。

少しだけ、その言動の意味を考えた後、

藤「あっ!」

と、大声を出す藤子。

ジッポ!
ボーイに聞くのすっかり忘れてた……!
何だか何時にもまして色々と現状の自分について考えていたから、本当にうっかりしてしまっていた。

薫「何?忘れてたの?」
藤「ハイ……申し訳ございません……」

とりあえず、ジッポの件に関しては素直に謝罪してみる……

薫「あれ程、念を押して伝えたのに忘れるなんて有り得ないな……何なら油性ペンで手のひらにでも“ジッポ”と、書いてやろうか?」
藤「そ、それはやめてください」
薫「じゃあ、次は忘れないでくれよ」
藤「わかってます……」

そんな会話のやりとりに、今度は急激に鎮まっていく藤子の胸のドキドキ。
でも、何だろ。
高輪マネージャーの手が置かれている肩の部分は妙に熱を持ってる感じ。
何だろ……
そんな事を考えてぼーっとしてしまう。

薫「明日は?」
藤「え……?」
薫「明日の夜はどうなってんの?」
藤「明日明後日は夜勤です……」
薫「あっそ。じゃあ、その次が休み?」
藤「はい……」
薫「じゃあ、次は適当に何か作って届けて」
藤「はぁ……」
薫「何、そのだらしのない返事。教育係りの神崎マネージャーにクレームだな」
藤「や……それは絶対止めてください」
薫「まぁ、冗談だけど」
藤「……」

でた。この、私(ヒト)をおちょくる感じ。
高輪マネージャーとの会話、ボイスレコーダーにでも録音して美山ちゃん、その他女子に聞かせてあげたいくらいだわ……と呆れる藤子。
って、そういえば、高輪マネージャーって……

藤「神崎マネージャーと知り合い……なんですよね?」

ふと、そんな事を思い出して、何気に聞いてみた。

薫「ああ。神崎マネージャーが勤めていたホテルで学生時代にバイトしていたことがあってね。そういう繋がりもあって親しくさせてもらっているけど。それが何か?」
藤「いえ……名前が出たので、神崎マネージャーが言っていた事を思い出して聞いてみただけです……」
薫「ふーん……何?神崎マネージャー狙ってんの?」
藤「なっ……そんなこと、一言も言ってませんっ!」
薫「言わなくても顔に書いてある」
藤「そんなわけありませんっ!!」
薫「冗談だよ。そんなにムキになるな」
藤「・・・・・・」

また冗談。
何で、私はこんなに高輪マネージャーの冗談攻撃を受けないといけないの……?
もう、早く帰ってロミ男に会いたい―…
そんな感じでロミ男恋しさが上昇していると、

薫「でも、神崎マネージャーは頼りになるよな。俺も同業界の先輩として尊敬してる」

と、高輪マネージャー。

薫「今回の引き抜きの話が来たときも相談に乗ってもらったりもしたし世話になっている」
藤「……」

へぇ……
高輪マネージャーと神埼マネージャーって思ってた以上に親しい仲なんだ。
高輪マネージャーの言葉を聞きながら、ぼんやり思う。

でも、そうなると―…
ますます副業について、何かの弾みで暴露されたりする確立が……
そんな不安がまたまた浮上して、

藤「あの……副業について神崎マネージャーにも……」

つい、また念を押す言葉を言ってしまう。

薫「夕飯出前の代わりに、誰にも言わないと言っているだろ。しつこいな。それとも逆に暴露してほしいのか?」
藤「そんな逆にはないですっ!」
薫「あっそ。まぁ、何でもいいや。俺、腹減ってて飯にしたいから、そろそろ隣りに戻ってもらっていい?」
藤「言われなくても帰りますっ!」

っていうか、帰ろうとしたところを引き止めたのはそっちだし!
まぁ、ジッポの件を忘れてた私も悪いけど……
だけど!
こんなに弄られる筋合いはないし!
反省しながらもやっぱり苛立つ藤子。

藤「おじゃましましたっ」

荒い言葉と共に、バタンッと乱暴にドアを閉めて自分の部屋に戻る藤子。

藤「ロミ男~…!もぉ、あんなに嫌味を吐く男初めて見たよぉ~…っていうか、これってパワハラ?セクハラ~?」

戻って直ぐにロミ男めがけて愚痴発射……
少々、声が大きいけど、このマンションは築浅で遮音性能の高い造りだって、不動産会社の人が言ってたし、この位の愚痴や例の真っ最中の声も漏れてはいないと思う……
そう願いたい。

がくっと、頭を下にさげて、溜め息をひとつ。
そして、ゆっくりと顔を上げると、水槽のガラスに映る自分の姿が目に入る。

“抱かれたというのに、見事な枯れっぷり”

浮かんでくる高輪マネージャーの言葉。
凌一とのあの時間が唯一の潤いの瞬間って思っているのに、全然ダメだなんて……
正直、ショックだ。
でも、それは何となく感じていた事でもあって……
高輪マネージャーに見透かされているみたいで、嫌だなと思う。
それでも、何となく物足りなさや虚しさを感じていても、
本当に何もなくなってしまったら、もっともっと飢えて、虚しくなってしまいそうな気がして、
欲望を吐き出すだけの行為であっても、止められない関係―…

藤「……」

ロミ男と目が合う。
ロミ男は、こんなダメな飼い主の事を何でも知ってる。
どんな思いで何時も話を聞いてくれてるのかな。
まぁ、亀に意思があるかは謎だけど……
謎だけど、

藤「潤いって何……?」

ポツリ、そう、問いかけた。

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