キリンくんはヒーローじゃない
「…また余計なこと、考えてる」
キリンくんは、爪先で軽く床を蹴って、椅子を半回転させたあと、真っ正面からわたしに向き合った。
「この怪我をしたのは、狐井さんのせいじゃない。僕が勝手に庇おうとして動いただけだし、気にしなくていいよ」
湿布を握ったまま冷たくなった掌を、彼は優しく掬いとる。
「むしろ、あそこで動けなかったほうが後悔するし、傷は男の勲章ってよく言うでしょ」
包まれた指先、絡まる視線、紡がれる言葉、次々と溢れてくる温かな愛は、わたしの心の受け皿を簡単に一杯にした。
「…ありがとう、黄林くん」
湿布のフィルムを剥がし、わたしの手に再度握らせて、菫色を睫毛で覆い隠した彼は、素早く後ろを向く。
「ちょうどいい位置に、よろしく」
仄かに赤い耳元には、気づかないふりをして、青く染まった痣の中心に湿布をゆっくりと貼る。
「貼れたよ。…変な感じとかはない?」
「全然。大丈夫」
捲っていた洋服を元に戻しながら、湿布を貼った場所を何度か摩る。勢いよく立ち上がっては腰を押さえ、歩きだす彼のあとを追えば、無情にも予鈴の音が鳴り響いた。
「…一緒にサボる?」
友達やクラスに居場所もなかった時ですら、自主的にサボったことはなかったのに、いけないことだってわかってはいても、キリンくんの提案を聞いたら、肯定するしかないじゃない。
「うん!」
いけないことでも、キリンくんと一緒なら怖くない。授業開始と共に、日直のだらけた声で号令がかかる。いつもと違う非日常に、心なしかドキドキと胸が跳ねた。