キリンくんはヒーローじゃない
わたしの見間違いじゃなければ、あの二人は、キリンくんと綿貫さんだ。
彼女は、キリンくんのことを諦めたと言っていたけど、やはりそんなことはなかった。保健室で会った時、わたしに執拗な視線を投げてきたのは、彼は渡さないという牽制からだろう。
「黄林くん、いいわよ」
首に回した腕をゆっくりと下ろした綿貫さんは、一瞬だけ目が合ったわたしに不適な笑みを溢しながら、キリンくんに声をかけた。
「ありがとうございま…」
礼を告げようとした彼の周りには、複雑な表情を浮かべる女子たちがいて、空気の読めない男子たちはあちらこちらで口笛を吹き、冷やかしている。
何が何だか分からないといった様子の彼は、眉間に皺を寄せて、辺りを見渡している。
「これは一体…」
言葉を紡ぐよりも先に、綿貫さんが強引に彼の腕を引っ張った。
「気にしなくていいわ、行きましょ」
タタン、と軽快な音を響かせ、二人は人混みの中へと消えていく。
現実が容赦なく、わたしの胸を抉る。キリンくんはいつだって、わたしを一途に想ってくれていて、それは揺るぎないものだと、なぜか勝手に決めつけていた。
そんなはずはないのに、無意識に胡座をかいて油断をしていた自分が、情けない。
静電気で広がった髪の毛を、押さえるようにして、指先で摘む。
「綿貫さんの髪の毛は、思わず触りたくなっちゃうくらい、ふわふわしてた」
キューティクルが剥がれて、枝毛ばかりのわたしの髪とは大違いだ。