キリンくんはヒーローじゃない


「なんだかんだで終わったね、お疲れさま」


日誌を書きあげたあとにまだ掃除が残ってると言うと、一瞬だけ眉を顰めてしかめ面をしていたが、率先して掃除に協力してくれた。

わたしは、ほぼ先輩の想像の力で書きあげた日誌を両手で抱えながら、職員室への道を先輩と連れ立って歩いていく。


「なにからなにまで手伝ってもらっちゃってごめんなさい」

「気にしないで。一人でやってたらさすがに日が暮れちゃうだろうし、二人でやればすぐ終わるしね」


職員室の扉の前に着くと、ツキ先輩は近くの壁に凭れかかりながら「行ってらっしゃい」と手を振って微笑んでくれる。

手伝ってくれただけじゃなくて、日誌を届けるまでの間も待っててくれるの?あわよくば、一緒に帰れたりもする?

手を振ってくれたツキ先輩にゆるりと一度振り返すと、ガラリと扉が開いた。


「あっ…狐井さん」


そこにいたのは、重ための前髪を可愛らしい一本のピンで留められ、少しだけ目元がスッキリとしたキリンくんの姿だった。


「えっ、黄林くん?」

「な、な、なんでここに!?」


キリンくんは、慌てふためきながら両手で顔を覆う。隠せていない耳朶が、真っ赤に染まっている。


「前髪、短いほうが似合うのに。なんで隠すの?」

「…あ、そのっ、…さようなら!」


キリンくんは、留められていたピンを強引に外し、手で髪の毛をぐちゃぐちゃにすると、可哀想なほど真っ赤にした顔のまま、その場を立ち去ってしまった。

廊下の端に転がっていったピンを拾い、日誌と共に職員室に入ると、バッタリと江藤先生と顔を見合わせることになった。


「お、狐井」

「江藤先生、こんにちは」

「職員室に何しに…って、今日の日直ってお前じゃなくて佐島だっただろ」


日誌を抱えたわたしを見て、全てを悟った江藤先生は心底嫌そうに頭を掻いた。


「断りづらいだろうが、お前も嫌だったら断れな。お前自身が無理して倒れたら元も子もねぇ」

「…すみません、ありがとうございます」


江藤先生は見た目で損してるけど、ほんとうに生徒のことを考えてくれて、一番の味方でいてくれるから、心強い。

< 14 / 116 >

この作品をシェア

pagetop