キリンくんはヒーローじゃない


「ま、話聞いてやるぐらいしかできねぇが、いつでも相談してこいよ。…と、それから、矢田部祥子先生は職員会議が終わったあと、どうしても外せない用事があるらしく直帰したから、日誌は俺が預かるな」

「そうなんですね、お願いします」


江藤先生に日誌を渡そうと、両手で抱え直した時だった。日誌の上に乗せていた一つのピンがコロコロと自分でに転がって、床に落下しそうになる。


「…おっと、危ねぇ!」


間一髪のところで、江藤先生が片手でピンを受け止めた。キャッチした掌を徐に開いて中身を見た先生は、目をまんまるにしてわたしとピンを交互に二度見した。


「お前、これどこで…」

「えっと、さっき、黄林くんと会った時に落としていったもので…」

「あー…やっぱりそうか」


江藤先生は、大きな溜め息を吐いて、掌のピンを指で器用に弾き出す。


「このピンって黄林くんの…」

「違う違う。黄林のじゃねぇよ、俺の娘のお下がりだ」


通りで、かわいらしいピンだと思った。全体的にピンクのラメでデコレーションされている見た目、小ぶりのハートは主張しすぎないように飾りつけられている。


「でも、どうして黄林くんが?」


江藤先生は「聞いてくれるか?」と、あまりにも思い詰めたような顔つきで言うので、頷いた。


「黄林な。あの前髪、どう見てもうざったいだろ?校則違反でなかったとしても目が悪くなること間違いなしだし、表情もよくわからないし」

「…確かに」

「何度も髪を切ってくるか、ピンで留めてくるかって選択肢を与えたんだけど、どうしても嫌だの一点張りでさ。今日、娘から要らないって言われたピンを持ってたからつけてやったんだよ、そしたら髪あげてる方がいいじゃんって思ったのに」


結局は、キリンくんが自分で外して元どおりの姿になってしまうと。わたしも、職員室前で会った時、ピンを無理やり外すところを見てしまったから、わかる。


「あいつを説得するにはどうしたらいい?なんで髪をあげたくないんだと思う?」


そんなこと、わたしに聞かれてもわからない。だけど、わたしだってずっと気になっていた。あの前髪が邪魔をして、彼の印象を下げてるんだって気づいてた。一体、どうしてなんだろう。

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