この空の下

未来

「羽蘭、疲れてない?」
病院から帰ってきた私を隆哉が気遣ってくれる。

帰りの車に中で様子がおかしかったことには気付いているんだろうに、何も言わない。
そのことがありがたい。


「食事に出る?」
「いらない」
今は何も欲しくない。


「羽蘭」
私の肩をつかみ、隆哉がソファーに座らせた。

つい、目をそらしてしまう。

「ダメだよ。食事はしなさい」
「だって、欲しくないの」
甘えたように頬を膨らませた。

いつもならこれで折れてくれるはず。

「何か作るよ」
そう言って隆哉はキッチンへ消えて行った。


宝さんは父さんの最初の奥さん。
亡くなったお兄ちゃんのお母さん。
私の珍しい名前で気付いたらしい。
ものすごい偶然。

宝さんに抱きしめられた時、泣きそうになった。
温かな気持ちが流れ込んできた。
まるで母さんに包み込まれているようだった。

「羽蘭っ」
キッチンから顔を覗かせた隆哉が駆け寄った。

「一体何してるの」
叱りつけるように顎に手を当てる。

え?
口の中に鉄の味がした。

「こんなになるまで唇を噛む奴がいるかっ」
近くにあったタオルを当てながら、睨まれた。

「ゴメンなはぁい」

「ったく。病院行く?」

うんん。
首を振った。

「じゃあ消毒しよう」
「ひぃらない」

「はあ?」
「ぃらない」

「ダメ、消毒して。食事もする。いいね」

私は、頷くしかなかった。
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