海の底にある夢【完】

コンコンコン。

部屋のドアが三回ノックされた。
声を出そうと口を開いたが、喉が貼りつき咄嗟には声が出なかった。

咳払いを何度かしているとガチャリとドアが開き、現れたのは食事が乗ったトレーを片手で持つ眼鏡の男性だった。

ドアノブからこちらに向けられた瞳は赤く、その射貫くような視線にビクッと体が反応した。
眼鏡で幾分その威圧感は抑えられてはいるものの、近寄りがたいオーラが漂ってくる。

体を縮こませて彼がそばまでやって来るのを見つめた。

「まずは食え。話はそれからだ…俺の言葉、わかるか?」

出ない声の代わりにコクコクと彼女は頷いた。
それを見た彼は食事をベッドの上に置き、自身は近くの椅子にドカリと座り、脇に抱えていた書類をテーブルの上に広げ始めた。

彼女はその紙が擦れる音を聞きながら出された食事を眺めた。

豆サラダ、ソーセージ、スクランブルエッグ、パン、焼いたエビ。

なんだかエビだけ場違い感が否めないが、バランスがいい食事だと思った。
とりあえず全てに口をつけると、味覚ははっきりしていることがわかり安心した。

そしてガツガツと空きっ腹に食事を詰め込んでいく。

しばらくして彼がちらりと眼鏡の奥からトレーを見たときには、空の皿とコップが置いてあるだけだった。
どうやら食べられない物はないらしい。

「……っくしゅん!」

ふいにくしゃみが出た。
なんだろう。
急に寒くなってきた。

「体温調節が上手くいっていないようだな」

膝を抱えてガチガチと歯を鳴らす彼女を一瞥すると、持っていた書類をテーブルに置き彼は立ち上がった。
そして気だるげにベッドの下に落ちていた毛布を持ち上げると、バサッと乱暴に投げて寄越す。
彼女はそれを必死に手繰り寄せた。

「さて…」

彼は椅子をベッドの横に置くと座り、膝に肘をついて頬杖をついて上目遣いに彼女を見た。

「そんな状況で悪いが、一食分ぐらいは話してもらうぞ」

悪いと思うなら休ませてほしい、と彼女は思ったが、助けてもらった身としては逆らえない。
食事をして楽になった喉から辛うじて声を出した。

「私はエア・スミス…オルガノ王国の海の近くに住んでいました。母と暮らしていましたが、豪雨の際、母は川の濁流に飲み込まれ他界し、私も海に飛び込み後を追おうとしたのですが…何者かに助けられ、あなた方?…に助けられました」

「何者とは、誰だ」

「わかりません…でも、寿命をとられ、死なない体にされました」

残り一年の寿命。
彼女にあるのはただそれだけだ。

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