海の底にある夢【完】
髪は海の中に脱色された。
瞳は海の色に染まった。
元には戻れない。
母親がいたあの頃には。
…生まれ変わったような心地でふと目を覚ますと、フカフカのベッドの上だということがわかりホッとした。
あの声を聞いてから何度も生死の境をさまよい、苦しさを感じなくなりだんだんと心地よささえ感じられた波の中。
まだ揺られている感覚が残る体を起こすと、頭がフラフラとした。
死にはしない。
しかし、栄養失調は起こすらしい。
しばらくその気持ち悪さをやり過ごした後、状況が見えてきた。
左腕には点滴。
右腕には手枷。
大きなベッド。
壁紙も内装も綺麗だけど、窓が無いこじんまりとした部屋。
助けてもらったようだが、人間の扱いを受けているとは思えない。
まるで動物だ。
(まあでも、そうだよね…)
海の中を漂っていたのに生きているなんて普通はあり得ない。
どうやって発見されたのか覚えていないが、限りなく無いに等しい良心をこの点滴から感じる。
少なくとも、捨てずに助けてくれたのは間違いなかった。
(陸、だよね)
まさか海底神殿か、とふとそんなことを想像して一人かぶりを振る。
死んだ人間はやがて体内で発生したガスが溜まり浮上すると聞いたことがある。
だが彼女の場合は死なない。
よって、海底にずっと沈んでいたことが推測できた。
…あれから何日が経ったのか。
そう思ったとき、なぜこんなにも自分が冷静なのか疑問に思った。
あのときはかなり取り乱し、死ぬことを望んだ。
それでも。
生きていることに不覚にも安堵してしまっている。
(…そうか)
生かされたのは体のみということか、と納得した。
感情はあのとき。
あの場所に。
置いてきてしまったのだ。