海の底にある夢【完】


「殿下。以前申しました、クジラの歌を研究している知り合いをご紹介します」

「ん? そんなこと言われたか?」

「あれ、お話したつもりだったのですが…まあでもこの機会ですし、彼女はクジラを追っていてなかなか捕まらない方なのでぜひご紹介させてください」

オルガノ王国の首都、王城の麓にある時計塔の改築が終わり、ステンドグラスをポルスにある海の神に集う会の本部に預けてから一年が経ったこの日。
修繕を終えたステンドグラスが、改築が終わってから数日遅れて無事に到着した。

荷物と共に会長であるレイダスが直々に赴きオルガノ王国第一王子であるディレストと再会の握手をすると、突然知人の紹介を申し出た。
その知人はクジラの歌を研究している女性で、年は十八歳だという。

彼女はまだまだ若いながらも各地の海に行ってはクジラの研究をし、その生態に詳しい者で右に出る者はいないと言われているほどのクジラマニアである。

てっきりレイダスはディレストに話していた気になっていたのだが、本人から聞かされていないと言われ首をかしげるばかりだった。

「たまたま本部に帰っておりまして、私が王子に会うのだと言ったところぜひ会いたいと彼女から言ってきたのです。彼女はクジラとハープ以外に興味を示さないので珍しいなあと思いました」

「ハープ?」

「ええ、はい。物語に出てくるハープが気になったそうで」

「なるほど。ではぜひ聞かせてもらいたい。俺はハープの音楽を聴いたことがないんだ」

「ぜひおっしゃってあげてください。きっと喜びますよ。彼女のハープは彼女自身が作ったものですが、なぜか動物が寄って来るんです。それでクジラとも心を通わせているそうですよ。物語のように会話できるわけではありませんけれども」

「それは凄いな」

「……ああ、噂をすれば演奏が聞こえますね」

二人は時計塔の中にある螺旋階段をステンドグラスの取り付け作業の邪魔にならないように上っていた。
そのとき、上の方からポロンポロンとハープのものらしき音が風に乗って聞こえてきた。
最初は途切れ途切れだったものの、徐々に滑らかな音になっていく。

「ご紹介しましょう。エア・スミスです…わあ、鳥だらけですね…あ! 殿下?」

上にある踊り場に近づくと、蠢く小さな群衆が天井や壁の僅かなでっぱりにびっしりととまっていた。

(あの鳥たちは…)

ディレストは忘れるはずもなかった。
以前、求愛の歌を歌っていたためわざと外に逃がした鳥と同じ種類だった。

もしかしたら彼が逃がした個体がこの中にいるのかもしれないが、さすがの彼でも見分けがつかなかった。

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