一筆恋々

【五月七日 手鞠より駒子への手紙】


前略
蘭姉さまが八束さまからのお手紙を大切そうに胸に抱いていました。
中身を知らなければ、どれほど甘美な言葉の数々がそのはかない紙を彩っているのかと、想像をたくましくしていたところです。

有明行灯(ありあけあんどん)の淡い明かりの中、お手紙を胸に寄せて月を見上げる姉の姿は、さながら月を恋慕うた花がその光に溶けようとしているかのようでした。

八束さまの一方的な恋着かと思っておりましたが、よもや連日の待ち伏せと付きまといが奏功していたとは存じませんでした。

姉は常よりやわらかさを増して、しかし(うれ)いで瞳を曇らせながら「結婚いやだなあ」と漏らすのです。
けれどすぐに「冗談よ」とあえかに笑む姿は痛々しく、またうつくしいのでした。

姉の婚約は六月六日の顔合わせをもって正式に整います。
八束さまにも縁談はたくさんあることでしょう。
姉の幸せを誰より願っていますが、「幸せ」とは何なのかわからなくなりそうです。


大正九年五月七日
手鞠
駒子さま



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