一筆恋々

謹啓
今日はいらしてくださって、ありがとうございました。

ちょうど先日のお礼をお伝えしようと、お手紙を書いていたところだったのです。
思うように書けなくて、何度も書き直しているうちに遅くなってしまいました。

くり返しになりますが、無理なお願いにお付き合いくださり、ありがとうございました。
駒子さんによい報告ができましたのは、すべて静寂さんのおかげです。

今日はまさかお会いできると思っていなかったので、おどろいて、うれしくて。
お顔を見て泣いてしまったのは、そういう理由です。
びっくりさせてしまってごめんなさい。

ただ、いつも突然いらっしゃるので困ります。
できればもう少しいい着物でお会いしたいのです。
お出掛けするならなおのこと。

着物と言えば、わたしがラムネ瓶の単衣を着ていたこと、気づいていらしたのですね。
何もおっしゃらないから、実は落ち込んでいました。
だから「いいと思う」と言っていただけてとてもうれしいです。

ご馳走してくださったアイスクリームもとてもおいしかったです。
かき氷と一緒だと食感が違って楽しいし、氷コップの中で溶けていく様子にも夏の終わりの風情を感じました。

だけど食べるところをずっと見られているのは恥ずかしいので、次からは机の木目でもご覧になってお待ちくださいませ。

お勉強の話やお友達の話など、静寂さんについて少し知れたこともうれしかったです。
それから静寂さんのお小さい頃の話も。
とても大切なことを話してくださったのに、何も言えず申し訳ありませんでした。
どうでもいい話ならあんなにたくさん出てくるのに、肝心なときに重くなる口が憎らしいです。

ご兄弟の中で静寂さんおひとりだけお母さまが違うことはうかがっておりました。
静寂さんには何の非もないことですが、人の感情は理屈ではどうにもなりませんよね。

「よくあること」と静寂さんは割り切った言い方をなさいましたが、よくあることでもつらいものはつらいです。
何度転んですりむいても、痛いことは変わらないように。

できることなら昔にもどって、つらい思いをされている静寂さんの元に行きたいです。
傷ついた心に消毒薬を吹きつけて、二度と痛まないように包帯でぐるぐる巻きにしてしまいたい。

ですから淡雪さんがいてくださって本当によかったです。
お名前のように、雪が解けるようなあたたかさで静寂さんを救っていらしたのですね。

いまもきっとどこかで、たくさんの方の雪を解かしていらっしゃると思います。
そして必ずおもどりになります。

過ぎてしまった時に対してわたしは無力ですが、静寂さんのこれからが少しでもおだやかであるように、お手伝いさせてくださいませ。
敬白


大正九年九月五日
春日井 手鞠
久里原 静寂様


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