一筆恋々

【四月十日 手鞠より駒子への手紙】


拝啓
本日はお招きいただきまして、ありがとうございました。
伊勢子(いせこ)おばさまが淹れてくださったお紅茶があまりにおいしく、つい飲みすぎてしまいました。
またぜひご一緒におしゃべりしましょう、とおばさまにもお伝えくださいませ。

それにしても、今日はとても驚きました。
久しぶりにお目にかかった八束さまの、それはそれはご立派だったこと。
わたしにはあの珍妙な恋文を書かれ、執拗な待ち伏せをくり返し、日々妄想と混乱を友とされている方と同じ人とはとても思えません。

また八束さまの姉を想う気持ちが、風雨にも耐え得るものであることもよくわかりました。
「蘭さんを愛しています」と告げられ、自分のことではないのに胸の奥できららかな韻律(いんりつ)が聞こえたほどです。

いいえ、決して八束さまに心惹かれたのではなくて、わたしも誰かにそんな風に想われてみたい、と思ってしまったのです。

同時にわたしもいずれは父の決めた人の元へ嫁ぐ立場でありますので、望めない未来に気持ちが沈みました。
少しばかり姉がうらやましいです。

もちろん姉は婚約を控えている身ですので許されることではありませんけれど、誰かに愛されるというすてきな経験をぜひ知ってもらいたいと思いました。
余計なことはならさず、ただそのお心を真っ直ぐに伝えたなら、姉も喜ぶのではないでしょうか。

しかし殿方からのお手紙など届いても、姉の手に渡る前に捨てられてしまうでしょうから、駒子さんを通しましてわたしにお預けくださいませ。

お待ちいたしております。
敬具


大正九年四月十日
手鞠
駒子さま



< 6 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop