一筆恋々

【十二月十九日 手鞠より駒子への手紙】


昨日は突然の訪問にも関わらず、あたたかく迎えてくださり、ありがとうございました。
泊めていただいたおかげで、少し落ち着きました。
あのまま家にいたら、もっと取り乱していたことでしょう。

相変わらず静寂さんからの連絡はありませんが、きっとたくさん悩んで、ご両親を説得してくださっているはずです。
ただ、元々静寂さんの言葉が通りにくい環境であることも、わかっているのです。

静寂さんは誰より淡雪さんを大切に思っています。
淡雪さんが久里原呉服店を継ぎ、目指す方向に進んでいくことを、静寂さんも望んでいらっしゃいます。
そのためには春日井家の援助が必要なのです。
それも一時のことでなく、今後とも手を携えて商っていくには、わたしが淡雪さんの元へ行くのがいちばんいいのでしょう。
全部わかっています。

水のように、空気に溶けたり、流れたり、固まったり、自由に気持ちを変化させることができたらどんなに楽でしょうね。
最初からお相手が淡雪さんだったなら、心に波風が立つことなく、ずっとおだやかな気持ちでいられたかもしれないと、愚にもつかないことばかり考えてしまいます。
淡雪さんと結婚しても、静寂さんに出会ってしまったら、結局惹かれて苦しんだに違いないのに。

駒子さんにも心配かけてごめんなさい。
諦めず、もう一度お父さまにお願いしてみます。


大正九年十二月十九日
春日井 手鞠
英 駒子さま


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