私が恋を知る頃に

碧琉side

ああ、最悪だ

本当に最悪だ…

なんでよりにもよって虫垂炎なんだ……

清水先生からオペ室のナースさんに変わって車椅子を押してもらう。

相変わらず右下腹部は酷い痛みに襲われているし、気分は最悪だ。

昔から注射が嫌いだった。

健康診断で採血された時に、嫌すぎて一度失神したことがあるほどだ。

それ以来採血は寝た状態でしてもらっている。

……なのに手術だなんて

穂海ちゃんにあれだけ頑張ってと言ってたのに、いざ自分になると怖すぎるし嫌すぎる。

今この痛みがなければ走って逃げ出していただろう。

嫌だ嫌だと思っているうちに、オペ室の前に着いてドアが開く。

見慣れているはずなのに、普段は気にならない無機質な感じが不気味で嫌になる。

「瀬川さん、ベッド自力であがれますか?」

小さく頷いて、ゆっくり車椅子から立ち上がる。

中から突き刺されるような強い痛みに蹲りそうになるも、我慢してベッドによじあがる。

「今、麻酔の先生来ますので。」

そう言って看護師さんが準備のために退ける。

それと入れ替わるように、麻酔科の先生が入ってくる。

知っている先生だったら嫌だな…

ちらりと見ると、なにか見覚えのある顔……

まさか…

「やあ瀬川くん。酷い様だね。」

この毒を含む口調は間違いなくそうだ。

「麻酔の杉山です。よろしく。」

なんで、杉山先生が?

その疑問を読み取ったのか先生が面倒くさそうに口を開く。

「人がいなかったからしょうがなく。」

そういいつつ、クールな顔で道具の準備を始める。

「はい、横向いて」

ついに…と思うと痛みと嫌さから年甲斐もなく涙が出そうになる。

痛むお腹をかばいながらゆっくり横になる。

「…なに、泣いてるの?」

「泣いてなんかいません…」

「でも、涙目じゃん。……はあ、あんたも注射苦手なの?」

あんた"も"という言葉が少し気になりながらも小さく頷く。

「…すぐ終わらしてやるから、ちょっと我慢しな。」

少し優しくなった口調に驚くも、服を捲られて緊張が高まる。

「消毒するよ。」

ひんやりした感じがして、もう心臓はバクバクだ。

「硬膜外麻酔するから、まず局所麻酔からね。」

ゴム手袋を嵌めた手が背中に触れる。

「じゃあやるよ。ちょっと我慢ね。」









「ん、お疲れ様。」

緊張が溶け、体から力が抜ける。

やっと終わったという開放感と共に、まだこれからだぞという思いも込み上げる。

少し放心しているうちに、体にはどんどん管や機械がつけられていき、着々と準備が進む。

「瀬川、台あげるよ。」

「…はい。」

もう始まると思うとまた気分が憂鬱になる。

「鎮静剤入れるから少しぼーっとするよ。怖いなら寝てていいから、楽にしてな。」

いつもとは違う優しい口調にびっくりするも、その言葉は傷心の身にはとても優しく沁みた。
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