クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
「愛菓さん」

「オーナー!」

声の主は゛Mr cool゛こと、樫原和生。

スーツイケメンの登場に、阿左美は声をあげて喜んだ。

「・・・フッ、今日も愛菓さんは私に気づいてくれてませんね」

「ああ、あーなってしまった愛菓さんは、何も耳にも、もちろん目にも入りませんから」

少し前から無言になって作業を続け始めた、と阿左美は苦笑して和生に言った。

「こんなイケメンが店に入ってきても気づかないなんて、愛菓さんの頭には、やっぱりネジが一本不足している気がします」

「そうですね」

そういう和生も口角が上がってはいるが、表情は冷たく、周囲にはブリザードが吹き荒れているような雰囲気を醸し出していて落ち着かない

阿左美はブルっと体を震わせ、自身を両腕に抱えながらも、

゛めっちゃイケメンやん。目の保養にするだけならバチは当たらんよね゛

と、地元の九州弁で考えていた。

「白、グラニュー糖」

「御意」

愛菓の指示にタイミングよく対応したのは、薄井白人(うすいはくと)21歳。

彼は熱狂的な愛菓信者で、白人もまた、阿左美同様、愛菓が面接して採用したパティシエだ。

白人はフランス人の血が混じっているクオーター。

銀色の髪にグレーの瞳は正に外国人だか、生粋の日本育ちでフランス語は話せない。

しかも実家は和菓子屋だという。

見かけが外国人なのに実家が和菓子屋で、小学生の頃からいじめられていた白人は、中学時代、不良に片足を突っ込んでいた。

ある日、白人が20時頃に、街をうろついていたところ、le sucreの施錠をするために店先に出てきた愛菓とぶつかった。

睨み付ける白人に

「ああ、そこの綺麗な男子。私好みの君にはこのスイーツをあげる。気に入ると思うぞ?」

と、愛菓は言ってグイグイと間をつめてきた。


19歳の愛菓は、すでに有名なスイーツコンテストで数々の賞を総なめにしていたのだか、町の不良もどきの14歳の白人はそれを知らない。

「突然なんだよ、あんた・・・んぐっ!」

「まあ、食え。私の新作だから」

愛菓が白人の口に入れたのは、黒ごまのチョコレートがかかったエクレア。

「このチョコのグレーとか、中のクリームのグレーとか、君の髪や瞳みたいでしょう?」

白人の口に入れられたエクレアは当然黒ごまテイストだった。

しかし、それは、白人が今まで感じたことがないほど美味で、滑らかで優しい味だった。

「毎日、ここの前を彷徨いてたでしょう?君の瞳と髪がとても綺麗で、想像を掻き立てられて、気づいたらこんなの作ってた」

そういう愛菓の顔は笑っているようには見えなかったが、白人には最高に優しく見えた。

コンプレックスであった外見をこんな形で表現してくれて、美しいと誉めてくれた。

この日から、白人はパティシエになることを決め、絶対的な愛菓信者となったのだった。


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