クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
「ごめん、迷惑をかけた。もう大丈夫だから」

ホールに出てきた愛菓はいつもの表情に戻っていて、白人も阿佐美もホッとしていた。

「予約のジュレ、数が多くて」

「大丈夫。今から間に合わせる」

夕方に納品予定のジュレは、オークフィールドホテルからの依頼。

某企業のパーティーで提供されるもので、その他にも数種類のスイーツを依頼されている。

ぼんやりしている暇はないのだ。

愛菓は自分の両頬を両手で叩いて気合いを入れた。

「愛菓さん」

14時。

和生が店内に入ってきた。

「和生殿。お話があります」

愛菓はカフェエプロンを外して、和生を事務室に誘導した。

「愛菓さん、何か困ったことでも?」

今だかつて、愛菓が自ら作業の手を止めて和生に声をかけたことなどない。

和生が訝しむのも当然のことだった。

「4日後のスイーツ大会が終わるまで、和生殿にはこの店の出入りを控えて頂きたいのです」

和生の顔が一瞬、驚きで固まった。

「和生殿はこのホテルの関係者。大会に何らかの便宜をはかったなどと噂されるのは良くありません」

「いち専務の力など誰も恐れはしませんよ」

「いえ、私もスイーツ作りにだけに集中したいのです、勝って、和生殿の期待に添いたい」

愛菓の目は真剣だった。

「わかりました。4日位、私も我慢しましょう」

怪訝そうな顔をしながらも受容する和生に、愛菓の胸はチクリと傷んだ。

「だからといって、私に隠れて何かを企もうとしても無駄なことです。それだけは覚えておくように」

和生は愛菓に近づくと、その唇に熱い口づけをお見舞いした。

「和生殿・・・」

「君は私から離れられない。絶対に、だ」

そう言い残して、和生は事務室を後にした。

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