クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
「愛菓さん」

観客と審査員が去り、会場には後片付けをするために出場者の関係者のみが残り、資機材の片付けにあたっていた。

黙々と片付けをする愛菓のテーブルには、favori crème pâtissière゛から白人と阿佐美が手伝いに来ていた。

「和生、殿」

愛菓は、ゆっくりと視線を和生に向けると、僅かに口角をあげて微笑んだ。

「優勝、おめでとうございます。必ず勝つと信じていました」

「ありがとうございます」

「このあと、樫原正孝社長が、お祝いのパーティーを企画しています。その他、吉崎さんと佐藤優吾さんをはじめとした出場者も何人か参加されますよ」

和生は片付けの手を止めない愛菓の目の前まで接近して、有無を言わせないといった態度でそう告げた。

「恐れ多いことですが、ご厚意に感謝して、なるべく早く参加できるように努力します」

と、愛菓は恭しくお辞儀をする。

「愛菓さん、そのとき、貴方にお話することがあります」

愛菓は、ピクリと片眉を上げると、動きを止めて、和生を見た。

真剣な和生の顔には、何かを決意したような勢いが感じられた。

ついにアリスとの婚約を打ち明けるのだろう。

愛菓は、ゆっくりと頷くと、和生を見て優しく笑った。

その初めてみる泣き笑いのような優しい愛菓の微笑みに、和生は動揺を感じたが表情には出さない。

「愛菓さん、3時間後のパーティーに、先程のクロカンブッシュとマカロンタワーを準備できますか?私達ホテルスタッフを初め、多くの参加者に、あなたの作品を味わってもらいたいとの社長の意向です。お疲れのところ無理を言ってすみません。貴方は主役なのに・・・」

「構いませんよ。私も皆さんに、大切な方々に作品を食べて頂ければ本望です」

愛菓の頭の中には、こんなに早く、和生とアリスにウエディングケーキを提供する機会が与えられ、かえって身辺を整理するのに好都合だとの考えが浮かんでいた。

愛菓は

「それでは、後程。失礼します」

と和生に挨拶をして片付けに戻った。

苦笑する愛菓を怪訝な目で見つめる和生には気付かずに・・・。

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