祖父と私。コンクリートの下の蝉。
遠くを見つめながら祖父は言う。
「蝉だけじゃない。いろんなことやものが変わり、いろんなものが消えていった・・・」
 森林伐採、川、きれいな空、虫・・・祖父は指折り数えては悲しそうに私を見つめた。
「人間は自然と引き替えに何を手に入れたのじゃろうか?便利な掃除機か?目の疲れるパソコンか?」
こほこほ咳をして痰を土に吐いた。
「いざというとき、お前達に残るのはわけのわからん知識と肩凝りと通帳に記入された数字だけじゃ。わしは鶏の卵の温もりも、夏の匂いも、蝉の羽根の薄さも、それを日に透かすとべっこう色に見える儚い光も覚えとる・・・」
懐かしそうに目を細めて祖父は微笑む。
私は悲しくなって祖父の手を急いで握った。
このしわしわの硬い手でいろんなものを感じて生きてきたんだ・・・。
祖父の手は温かくもなく、冷たくもなく、ただ汗と生きている血の流れを感じた。
 縁側で話をしたこと、それは祖父の中で残って行くのだろうか・・・
ただ夏の一日にしか過ぎないのだろうか・・・。

「西瓜ですよ」
後ろから祖母の柔らかな声がした。
ざっくり切り揃った赤い三角の西瓜。
滴る汁を気にもせず祖父はかぶりつき庭に種を吐く。笑う。
 そんな当たり前の光景が幸せだった。
お線香と畳の匂い。夏の雨の後の清々しい空気。西瓜の種を運ぶ蟻。
ちりん、ちりん。風鈴の音。
そして・・・蝉。
 コンクリートを掘り返せば何匹もの蝉の死骸に逢うことだろう。
私は夏が来る度祖父の話を思い出す。
コンクリートの下の蝉から学ぶ夏を・・・。
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