仁瀬くんは壊れてる
 ――――花が。欲しい。

「……っ」

 一度、訪れただけ。
 それもタクシーで。

 正確な住所なんてわからないし。
 わたしが行ったところで、なんにも役に立てないかもしれない。

 なんで来たのって、鼻で笑われて。
 君を可愛がったのなんて嘘だよって。

 バカにされて。泣かされて。
 嫌なことされて。

 もっと、傷くことになるかもしれないのに。

 考えるより先に、足が動いた。

 この現象にどんな名前をつければいい?

 衝動?

 気まぐれ?

 同情?

 それとも――……
「花?」

 マンションの前に来たとき。
 オートロックで入れないと気づき。

 どうしようもなくなったとき。

 仁瀬くんが、やってきた。
 手には買い物袋。

「熱、あるって聞いて」
「それで。ここまで来たの?」

 口元にはマスク。
 風邪、ひいてるのは間違いないみたいだけど。

「ひとりで?」

 全然元気そうじゃん。
 立ってられるくらい回復したのか。
 それとも。

「……どこ、行ってたの」
「コンビニ」
「大丈夫? 具合」
「うん。たいしたことない」
「40℃近いって」
「そう言っておけば休めるから」

 ――――嘘だったんだ。

「だるいだろ。集会とか、体力の無駄遣い」

 恥ずかしい。
 こんな男を心配してやってきた自分が。

「帰る」

 仁瀬くんに、背を向ける。

「待ってよ」
「待たない」
「夢みてるのかな、僕」
 …………夢?
「花に逢いたいと思ってたら。本当に、逢えた」
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