My Favorite Song ~異世界で伝説のセイレーンになりました!?~ 1

「……だからなんだ」

 振り返らずに答えたラグとセリーンを私は交互に見つめる。

 ――なんだろう、とても嫌な雰囲気だ。
 これまで何度か言い合う二人を見てきたけれど、こんなにも不安な気持ちになるのは初めてだった。
 ラグ・エヴァンス。それがラグのフルネームであることはつい先ほど知ったばかりだけれど、何かその名前に特別な意味があるのだろうか。

 と、セリーンが再び口を開いた。

「なぜ、ストレッタが生み出した“悪魔の仔”が、こんな場所にいる」

(悪魔の仔……?)

 雨音と潮騒の響く中はっきりと聞こえたその言葉に、胸がドクンっと嫌な音を立てた。
 一呼吸置いて、ラグのいつもと変わらない不機嫌な声が聞こえてくる。

「言ってるだろう、このクソむかつく呪いを解くためだ」
「ストレッタが、簡単に貴様を外に出すとは思えない。本当に、それだけの理由か?」
「満足に術の使えない術士を置いておくほどストレッタもアホじゃない。……それ以外の理由が必要か?」

 ラグの自嘲するような声音にセリーンは口を噤んだ。
 そしてラグは再び歩き出す。
 セリーンは少しの合間その背中を見つめていたが、私の視線に気付きふっと笑った。

「悪かったな。私達も行こう」
「セリーン、悪魔の仔って?」

 訊かずにはいられなかった。
 セリーンはもう一度先を行くラグを見つめて、教えてくれた。

「……昨日話しただろう、ストレッタの術士数人が一つの街を滅ぼしたと」
「うん」
「その中に、まだ年端の行かない少年がいた。――いや、その少年が一人で街を滅ぼしたと言ってもいい。それほどの力を持っていたんだ。その少年は後に、“悪魔の仔”と呼ばれるようになった。その少年の名が、ラグ・エヴァンス。……あの男だ」

(ラグが、一人で街を……?)

 ドクドクと心臓の音が煩くて、知らずのうちに胸元を押さえていた。

「ストレッタは奴を寵愛しただろうな。奴のお蔭でストレッタの名が広まったと言っていい。なにせ幼い少年でもそれほどの力を持っていると、世界にその名を知らしめることが出来たのだからな」

 ふいに、ライゼちゃんのセリフが蘇る。

 ――ストレッタは、悪魔を生み出しました。

「……もしかして、ライゼちゃんも気付いてた?」
「おそらくな。私も奴の名を聞いたときはまさかと思ったが、ストレッタがそう簡単に奴を手放すとは思えなくてな」
「そう、だったんだ」

(ラグが、悪魔の……?)

 それが事実なら、ラグは子供の頃に大勢の人を殺したことになる。

 ――恐ろしい映像が頭を過ぎる。
 朝見たあの可愛らしい少年が、独り、無数の死体の前に立つ姿。

 そしてその少年の顔が、昨夜見た、あのラグの表情と重なった。
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