花とバスケと浴衣と
コンテストが終わったということは、これでこの彼女ごっこも終わりだ。今繋いでいるこの手を離したら、類先輩との関係は切れてしまうと思うと、千花の気持ちは沈んだ。何の会話もしないまま類先輩は手を引いて歩いて行く。この手はいつ離されるのか、そればかりが千花は気になった。モールを出て、駅へ向かって歩いていると、左手に公園が見えた。類先輩に手を引かれるまま公園へ入り、
「ちょっと寄り道していい?」と類先輩が言った。千花が頷くと、類先輩は手を離して千花をベンチに座らせると、
「ちょっと待ってて。」と言って何処かへ言ってしまった。え?と思っていると、公園の入口にあった自動販売機へ向かっていったらしい。ペットボトルの水を2本買ってきた類先輩は、一本を千花に渡した。
「ありがとうございます。」と千花が受け取ると、類先輩は、隣に腰を掛け、ペットボトルの水をゴクゴクと飲んだ。何をしても絵になる人だな、と思いながらその光景を眺め、千花も一口水を飲んだ。
「千花ちゃん、今日まで彼女役してくれて、ありがとう。」突然言われた言葉に、千花は動けなくなった。あぁ、もう終わるんだなと思うと、胸が苦しくて類先輩の顔が見られなかった。千花は、飲んだばかりのペットボトルの蓋を見つめながら、首を振って
「こちらこそ、今日までありがとうございました。」と頭を下げた。
「この一ヶ月、楽しかったな。」
「私も楽しかったです。」迷いなく千花も答えると、
「千花ちゃんにムシされた時はまじで凹んだなー。」と類先輩は笑った。千花は、
「すみません。」と謝った。
「オレさ、あんな気持ちになったの初めてだったんだよね。」
「すみません。」
「千花ちゃんにまじで嫌われたらどうしようって思った。」
「嫌いになんかならないですよ。」
「そう言ってもらって、めちゃくちゃ嬉しかった。オレ、千花ちゃんのことほんとに好きなんだなーって思って。」
「…え?」思わず顔を上げて類先輩を見ると、優しい顔で微笑まれた。
「やっと顔上げてくれた。」戸惑う千花を他所に、類先輩は千花の右手に左手を重ねた。
「最初はさ、千花ちゃんなら本気で付き合いたいとか、彼女にして欲しいとか絶対言わないだろうなって思ったから千花ちゃんに彼女役お願いしたはずなのに、いつの間にか千花ちゃんのこと好きになっちゃって、千花ちゃんがホントの彼女だったらいいのにって何回も思った。千花ちゃんはオレのこと好きにならないって思ったから千花ちゃんにお願いしたのにさ、千花ちゃんが早くオレのこと好きになってくれたらいいのにって勝手なことばっかり考えてた。今日までの約束だってわかってたから千花ちゃんも了承してくれたのに、ごめんね。でも、オレ、やっぱり千花ちゃんのこと好きだから、諦められないんだ。千花ちゃん、オレにもう一回チャンスくれない?千花ちゃんに好きになってもらうように頑張るからさ。またこうやって一緒に出かけたり遊んだりしてくれない?」不安げな様子で話し始めた類先輩は、千花の目をまっすぐ見つめて問いかけた。千花は溢れてくる涙を堪えながら、呟いた。
「類先輩…。全然分かってない…。」
「え?」戸惑った表情の類先輩の顔を見て、千花は顔を真っ赤にしながら言った。
「私、もうとっくの前から類先輩のこと好きです。今日までだって思うと、すごく苦しかった。もう会えないのかなって思うと、悲しくて…。でもホントに類先輩のこと好きってバレたら類先輩に嫌われちゃうと思って…。」突然類先輩に強く抱きしめられて、千花はそれ以上話せなくなった。
「やばい、オレ今まじで嬉しい。ごめんね、千花ちゃんオレが最初にあんなことお願いしたせいで悲しい思いさせて。でも、もう無理だから。オレもう千花ちゃんのこと手放す気ないから。」頭上から聞こえる言葉に千花の涙は溢れた。抱きしめられたまま千花の涙が収まると、千花は今の状況が異様に恥ずかしく感じた。こんな駅前の公園で何やってるんだろうと冷静になり、腕の中でごそごそ動くと、類先輩が少し力を緩めた。やっと顔を上げて類先輩を見ると、見たこともないくらい甘い顔で千花を見つめている。千花は顔を真っ赤にしながら、
「あの、恥ずかしいんでそろそろ帰りませんか?」と恐る恐る声をかけた。類先輩は嬉しそうに
「恥ずかしがる千花ちゃんも可愛い。」とニマニマ笑っている。この人こんなキャラだったかなと思いながら、千花は体勢を立て直して、ペットボトルの水を一口飲んだ。類先輩はずっと笑顔で千花を見ている。
「あの…そんなに見られると飲みにくいんですけど…。」千花が呟くと、
「我慢して、ホントの彼女になってくれたんだって余韻に浸りたいんだから。」
「類先輩…そんなキャラでしたっけ?」千花が少し引き気味に聞くと、
「ごめんね、イメージと違うってよく言われるんだ。でも、無理だよ。やっとホントに好きな千花ちゃんを捕まえたんだから。」千花は恥ずかしい人だなと思いながらも嫌いになれない自分は相当痛いなと思った。
「とりあえず、浴衣だから目立つし、帰りませんか?」
「オレの部屋で良い?ばあちゃんちじゃなくて、オレの部屋で着替えない?」
「類先輩が良いなら。」お祖母様のお宅でわざわざ着替えさせてもらうのも申し訳ないと思った千花が、そう答えると、類先輩は急に立ち上がって
「じゃぁ千花ちゃんの気持ちが変わらないうちに帰ろう。」と千花に手を差し出した。千花はどういうことだろう?と思いながらも手を握って、立ち上がり駅へ向かって歩いた。終始ごきげんな様子の類先輩はずっとにやけていて、
「類先輩、なんか顔がだらしないことになってますよ。」と千花は電車の中で呟いた。類先輩は全く堪えていない様子で、
「仕方ないよ、幸せなんだから。」と嬉しそうだった。駅のコインロッカーで千花の荷物を取り出し、類先輩が荷物を持って意気揚々とマンションへ向かった。いつもとは違い、エレベーターで3階まで上がると、手を引かれて類先輩の部屋の前まで来た。
「どうぞ。」と開けられた玄関にはスニーカーがたくさん並んでいて、類先輩の部屋なんだな、と千花は思った。
「お邪魔します。」と草履を脱いで上がると、奥の部屋に続く扉を類先輩が開けた。お祖母様の部屋とは少し間取りが違うらしく、千花はキョロキョロしながら奥の部屋へ入った。リビングキッチンといった感じの部屋で、一人暮らしには大きい部屋だなという印象だった。大きなソファーの前に、ローテーブルとテレビがあり、ソファーの上にはTシャツが無造作に置かれていて、テーブルの上にはコーヒーカップと雑誌類が置かれた状態で、生活感が溢れていて、類先輩の部屋なんだなーと千花は思った。
「ごめんね、散らかってて。とりあえず、座って。」と類先輩にソファーを促され、類先輩はTシャツとコーヒーカップを手に取るとキッチンの方へ向かった。千花はとりあえず言われたとおりソファーに座り、ペットボトルの水をローテーブルに置いて、キョロキョロと周りを眺めた。類先輩の部屋はグレーを基調にしたオシャレな部屋だなと千花は思った。
「千花ちゃん何か飲む?」と冷蔵庫を覗きながら聞く類先輩に、
「お水あるから大丈夫です。」と返事をすると、類先輩は自分のペットボトルを持って、千花の隣に腰掛けた。3人位は座れそうな大きなソファーなのに、真隣に腰掛けた類先輩を、近いな…と思いながら見上げると、突然肩に手が回されて横から抱きつかれた。あまりに突然のことに千花は固まって
「る、類先輩?」と焦った声を出すと、
「夢みたいだ。千花ちゃんがこの部屋にいて、ここに座ってることが。」と千花の頭に顔をすり寄せながら、少しくぐもった声で類先輩が言った。千花は顔を赤くしながらも、
「夢じゃないですよ。」と答えた。

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