光りの中
(大体、『夜叉』はもうやらんて決めたんよ。それに、アンタ観たいゆうてるけど、照明どうするん?
 他にまともにやれる人おらんやろ。又投光室で目え回されて気絶でもされたらかなわんしなあ……)

「僕がやるに決まってるじゃないですか。投光室という特別席からじっくり拝見させて頂きます」

(アンタが全部やってくれるんやったら考えようかな……)

「やりましょう、やりましょう!」


 無責任な程にはしゃぐ僕が居た。


(あんなあ、そんな幾つも出し物替えたらまるで引退興行みたいやん)

「そんな事ないですよ。去年、うちで姿月さんを初めて観てファンになった常連さん達だって、多分、姿月さんの代表作をまとめて観れるチャンスだと思うんです」

(そやけど、大体にしてからあの狭い楽屋の何処にアタシの衣装置くんや?
場所無いやろ?)


 二階の楽屋を思い描いたみた。

 空いてる個室があった。

 倉庫代わりに使っている三畳程の部屋。


 そこを整理すれば……


「大丈夫です!何とかなります」

(しゃあないなあ……。
 佐伯君にそこ迄言われたらやるしかないか。もう、アンタのお陰で荷物作り直さなあかんわ)

「やりい!」

(で、アンタは何が観たいん?)

「前にビデオで観せて貰ったやつとか……とにかく、沢山観たいっす!」


 携帯電話の向こう側から漏れて来る笑い声は、駄々をこねる子供に根負けした母親のような色合いが窺えた。

 翌朝、何時もの初日を迎えるよりも一時間ばかり早く起き出し、開演の下準備をしに場内に入った。

 これまた普段より早く劇場に来た社長の岡崎が声を掛けて来た。


「佐伯、姿月ちゃんに随分無理言ったんだって?」

「おはようございます。えへへへ……」

「普通ありえねえぞ。引退興行でもねえのに出し物幾つも替えるなんて」

「ですね」

「ですねじゃねえよ。頼んじまったもんはしゃあねえし、まあ、本人もやる気だからいいけどよ」


 引退興行……。

 誰もがそうは思っていなかったから口にした言葉であった。



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