涙、夏色に染まれ
 おにぎりと魚を食べて、お茶をときどき飲んで、最後にスイカを食べて。そうしながら、良一は食べ物や景色をスマホで撮った。素早く明日実がサポートに入る。どこからともなくタオルを取り出して、良一のお手拭きにしたり、撮影を代わってあげたり。

 明日実は良一のサポートだけじゃなく、あたしや和弘のほうもちゃんと見ていた。お茶を入れてスイカを出して、何だかんだと動き続けている。動くことが楽しいみたいに、ニコニコしながら。

 あたしは思わず言った。
「よく働くね」
「うち? そうかな?」
「あたしはそんなに気が回らない」

「こういう役割は、得意な人、負担に感じん人がやればよかと思うよ。うちはけっこう、マネージャーんごた仕事、好きやもん。結羽は、マネージャーが付く側の、ステージの上の人たい」

 急に核心に切り込んでこられて、あたしは息を呑んだ。ステージの上。その響きを噛み締めて、詰まった息を吐き出す。
「まだ、あたしは何者でもない」

 明日実はかぶりを振った。
「結羽、手ば見せて」
「手? 何で?」

 あたしはためらいながら、差し出された明日実の右手の上に、自分の左手を載せた。明日実の汗ばんだ小さな手は柔らかい。ぬくもりに刺されて、あたしは体がこわばる。手がビクリと震えそうになるのを、どうにか抑え込む。
 明日実の指が、あたしの指先に触れた。

「ギターば弾くけん、皮が硬くなっちょっとでしょ。初めてギターにさわった小学生のころは、指先が痛そうに赤くなりよったよね」
「手、冬場はけっこう荒れるよ。ギターのネックでこすれるところとか」

「じゃあ、ハンドクリームって、使う? 今、学校の総合的な学習で、オリジナルの特産品ば考えようっていうとがあって、ツバキ油のスキンケアグッズはどうやろかって。もし試作品ができたら、結羽に送ってもよか?」

 あたしが答えるより先に、良一が身を乗り出してきた。
「ツバキ油のスキンケアグッズか。それはおれも興味がある。なつかしいな、ツバキ油。山のヤブツバキの実を採ってきて、一からツバキ油を作るっていう授業、あったよな。教頭先生が作り方を知っててさ」

「そう、うちが今、学校で提案しよるツバキ油も、自分で精製できるけん、やろうって言えると。買ったら、ざまん高かもん」
「商品化できるなら、それこそ、高く売れるからいいんじゃないかな。おれも使ってみたい」

「よかよ。送るね。試作品の完成は、秋ごろになると思う。結羽も、送ってよか?」
「う、うん」
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