涙、夏色に染まれ
 防波堤に立つ。ほんの数メートルの違いなのに、道路の真ん中よりもずっと、ハッキリと涼しく、潮風に包まれる。
 温まったコンクリートの上に座って昼ごはんを広げた。良一と明日実と和弘は、両手の指を組んで目を閉じて、祈りの言葉をつぶやいた。

 小近島にはクリスチャンが多い。現代ではカトリックだけど、もとは隠れキリシタンだったらしい。小近島だけじゃなく、周囲の島々でも、地形が特に険しい集落には、江戸時代に迫害から逃れてきた隠れキリシタンの末裔が住んでいる。

 良一は抜かりなく、昼ごはんをスマホのカメラで撮影した。明日実が「撮ってあげる」と言って良一からスマホを受け取って、おにぎりと焼き魚のラップをはがして今から噛み付くぞ、っていうところを撮った。口いっぱいにごはんを頬張った笑顔も。

「あ、これ、かなりいい写真。明日実、ありがとう」
「どういたしまして。良ちゃんって、ざまんごて、おいしそうに食べるよね」
「だって、マジでおいしいし」

「ね。島におったら、シンプルな料理ばっかりけど、うちも、全然飽きらん。いつも、あーおなか減ったー、あーおいしかーって」
「幸せなことだよ、それ。毎日食べられるのも、おなかが減るのも、おいしいって感じられるのも」

 笑みを含んでサラッとした良一の言葉に、あたしは体が固まった。毎日の食事がおいしくない。あたしは今、幸せじゃないんだ。
 ざくりと、良一の言葉に胸をえぐられて、それから、思い上がりだったと気付く。
 良一は自分のことを語ったんだ。幼いころ、毎日の食事に不安を覚えるような生活だったことを。

 十歳で小近島に来て、初めて食べ物をおいしいと感じたと、良一は五年生のころに作文に書いた。秋、学校行事で芋の収穫をして料理をして、みんなで食べたときの作文だ。良一のあの作文に大人たちが涙していたのを、あたしは覚えている。
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