この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】

囁き声が迫ってくる?

 ある程度残り香が消えて深々と息を吐く。アーベルくんがちょっとだけ居心地悪そうにしていた。でもお利口さんに大人しくしてるの偉い。

 部屋は酷いことになっていた。ドアどっか行ってるし、窓は全部割れてる。
 全く価値の分からなかった額縁に入った絵画なんかは、壁ごと抉り飛んでいったみたい。

 シャンデリアも無惨な姿になっている。家具なんて元々置いてあった?みたいな感じで影も形もない。どこ行ったんだ……。

 ローちゃんが吹き飛ばされて行ったのも心配だ。
 とりあえず、ベッドの上に硝子が散らばってないか確認しようとして、私はシーツに伸ばした手を止める。


「ん?アーベルくんなんか言った?」


 誰かの声が聞こえた気がして、アーベルくんを見下ろす。アーベルくんは何が何だか分かっていないような、きょとんとした顔をした。


 ――……、…………て…………ろ。


 なんか、耳が今まで使ってなかったみたいな感じ。聞こえそうでちゃんとした言葉が聞きとれない。

 随分と長い間、機能していなくて、錆び付いてしまったかのような。

 それでも錆び付いた部分が動こうとしている、そんな気がした。今まで堰き止められていた様々なものが押し寄せようとしている。
< 134 / 654 >

この作品をシェア

pagetop