この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 迫ってくる。
 幾重にも重なる囁き声が。
 まるで人混みの中に紛れ込んでしまったかのような錯覚を覚えた。


 ――くそっ!キルシュライト国王のお気に入りだからといって!!今に見ていろ!!
 ――何か王城の南側の方で音がしたような……?気のせいか?
 ――今日も騎士団長様素敵だわ!
 ――俺の研究全然進んでねぇんだけど……。あー、遊びてえ。
 ――大変!!パン焦がしちゃった!!
 ――ローデリヒ殿下、今日も麗しくていらっしゃったわ……。偶然だったけど、すれ違っただけで幸せ……。
 ――は〜。マジでこの仕事の分量どうにかなんねえの?……いつか上司殺してやりてえ。
 ――やっぱり有名店の焼き菓子は違うわ……。食べすぎちゃったわ。太ってしまうから気を付けないと……。
 ――全くコイツは仕事をなんだと思っているんだ?親のコネで入った貴族のボンボンなど邪魔でしかない。
 ――あの女……絶対に許さないわ。


 怒り、疑問、歓喜、怠惰、焦り、思慕、殺意、後悔、苛立ち、拒絶。
 サワサワと竹の葉を揺らしたように聞こえてくる囁きと共に、感情がダイレクトに伝わってくる。

 気持ち悪い。

 頭を殴られるかのような衝撃に、耳を塞いだ。聞きたくなかった。
 こんな悪い感情も含まれた全然知らない人の声が聞き苦しかった。
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