この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 ローデリヒさんの海色の瞳が大きく揺らいだ。ほんの少しだけ彼は俯く。金色の髪が彼の目元を覆い隠した。


「……ろくな、記憶じゃない。忘れた方がいい記憶だ。思い出すかもしれないんだぞ。貴女が傷付くかもしれない」

「……それでも、私は〝これから先〟を選択する上で大事な事だと思うんです」


 ローデリヒさんは両手で顔を覆う。骨ばった手が、ほんの少しだけ震えていた。
 恐れている、とでもいうように。


「結界は間に合わない。あの屋敷を囲っていた結界だってまだ壊れたままだ。パーティーは結界無しで出ることになる。沢山の人の悪意を聞くことになるんだぞ」

「むしろ望むところです」


 私の答えにローデリヒさんは口を閉ざす。部屋の近くにも人はいないみたいで、この場に沈黙が降り積もった。

 握り締めたペンダントトップがすっかり温くなった頃、彼はポツリと後悔するように呟いた。


「……私は、貴女に傷ついて欲しくないだけなんだ」

「それは……」


 ローデリヒさんが沢山心配してくれているのに、私は更に心配を掛けている。そんな罪悪感が胸の中で滲んだ。


「でも貴女がこの先の未来を、貴女自身で決める上で必要と言うのなら、……私は協力しよう。貴女は記憶が混乱しているから、判断材料が欲しいという気持ちも理解しているつもりだ」
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