この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 一人残った王太子の執務室。
 ローデリヒは俯いて、顔を覆った。

 思い出すのは、イーヴォとヴァーレリーの驚いた顔。
 自分でも愚かな事をしているとは充分に理解している。

 離縁なんて、王族が自由にしていいものではない。けれど、記憶が混乱している妻の様子を見れば、離縁した方がいいのではないかという思いが強い。

 記憶が混乱する前、アーベルを微笑ましく見守っていた彼女の姿を思い出す。どこか空虚で、まだ若いはずなのに達観したような、疲れ切っているようにも見えた。

 ――「私、貴族令嬢としての義務は果たせないと思います」

 結婚初夜にローデリヒに向かって言い切った彼女を思い出す。幸いな事に彼女との間にはアーベルが生まれたが、結婚三年目の今ではその言葉の意味を充分に理解している。

 初めて見た時の印象は、〝可哀想な令嬢〟だった。
 ろくに言葉は交わしていない。だけれど、彼女は幸せにやっているだろうかと、時々思い出す位には可哀想な令嬢だという印象が強かった。
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