この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 相手は短剣。イーヴォは短槍のリーチの有利さで、軽々と相手の手首を打ちすえる。
 相手が得物を落とした隙に、短槍を突き出して昏倒させた。

 懐から鈍色の金属の鎖を取り出す。
 慣れた手つきで侵入者を縛り上げながら、深々と溜め息混じりに吐き出した。


「魔力封じ完了……っと。今夜だけで侵入者三人とか多すぎんだろ……。警備どーなってんだ?」


 常時結界が張ってある。いつも侵入者などほぼ居ないキルシュライト王城にとっては、明らかな異常事態だった。

 考えられる要因は、アルヴォネン王国の王太子夫妻がやってきた事位か。明日の夜にアリサが出席するという話が漏れている可能性もある。

 アルヴォネン王国の王太子夫妻を狙っているのか、はたまたアルヴォネン王国の手先か。

 キルシュライト王国王太子妃がされた事を知っているイーヴォからしてみると、アルヴォネン王国の王太子夫妻には限りなく黒に近いグレーに思えた。

 ローデリヒから聞くアリサ像は、アルヴォネンでの悪い噂通りの人ではなさそうだった。
 むしろ噂については、結婚初夜で彼女の潔白が証明された。ローデリヒの怪我と引き換えに。

 過去に陰で男を侍らせていた可能性もあるが……、少なくとも貴族令嬢としてふしだらと呼ばれる程のものではないし、火遊びはしていないのはほぼ確実だろう。

 そんな経緯で、イーヴォはどちらかというとアリサに同情的だった。

 ただ、王太子妃という地位は彼女にとって相応しくないというヴァーレリーの言葉もよく分かっていた。
 だからこそ、アリサにとってこの世界は生きにくいと思っている。


「しっかし、前日でコレって明日どーなんだよ……」


 途方に暮れたイーヴォの声が無人の廊下に落ちる。
 後には、人間一人を引き摺る音だけが響いていた。
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