この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 顔を覗き込むと、海色の瞳が頼りなく、怯えたように揺れた。

 その時私は、唐突に忘れかけていた事を思い出したのだ。

 骨張った手は、私よりも大きい。身長だって、私がヒールを履いても頭一つ分位高い。立場も一国を担う王太子だ。悪阻で苦しんでる時だって、頼りにしていた。ローブの少女、ティーナに襲撃された時も真っ先に飛び込んで来てくれた。

 だけれど、この人だってまだ私と年の変わらない十九歳。

 一児の父親で、一年以内に二人目も産まれるけれど、前世ではまだ成人にも満たない歳。

 いつも大きく見えていたけれど、私みたいに怯える事だってあるはずだ。自分の行いが正しかったか、悩むことだってあるはず。

 現に今、私に求婚した事が彼の中で間違いだったという結論付けをされそうになっている。

 この二年、ずっと一緒にいても私達はあまり言葉を交わしてこなかった。完全に冷えきった仮面夫婦だった。
 ジギスムントやゼルマのように長年連れ添った夫婦でもない。夫婦は似てくると言うけれど、私達が同じ雰囲気を持っているとは思えない。


「貴方が夫で良かったと思っています。貴方が私に求婚してくれなければ、今この生活はありませんでした。……想像すらしていなかったんです。私が誰かと結婚して、子供までいる事も、こんなに穏やかな生活が送れることも」
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