この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 私の髪を梳くように、優しい手つきで触れられる。

「ローデリヒ様」
「なんだ?」

 見上げた海色の瞳は、穏やかに凪いでいた。

「この子に会わせてくれて、ありがとうございます」

 私がお礼を言うと、彼は目を丸くする。

「それはこちらの台詞だ」

 こうして私が前を向けているのも、子供に会えているのも、全部全部、ローデリヒ様があの雨の日に助けてくれた事から始まった。
 ルーカスにも、ティーナにも助けられたけれど、彼らだけだったらアーベルにも、赤ちゃんにも出会えていなかっただろう。

 ――「助けてくれて、ありがとう」
 あの雨の日、そう私が声を掛けたほんの少し身長の高いだけの少年は、凄く悔しそうで、泣き出しそうだった。涙を拭って諦めてしまった私の代わりに。

 諦めずに手を伸ばしてくれた彼は、正しく私の道を照らしてくれる道標だったから。
 今度は私が彼の隣で、一緒に歩いていきたい。
 子供達を導いていけるように。

「これからも宜しくお願いしますね」
「ああ」

 あの日みせた負の感情が嘘のように、
 あの日の少年は、幸せそうに微笑んだ。
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