この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 先程見たよりも、少しだけ歳を重ねた母親がベッドへと近付いてくる。そっと額に乗せられた手が冷たくて、気持ちが良くて目を細めた。

「やっぱり熱っぽい……。全身冷やしておこうか。その方が筋肉痛は治りが早いから」

 アーベルの能力は、無条件で時空を行き来出来る訳ではない。過去、あるいは未来の自分との入れ替わりという形で移動。滞在時間は1日のみ、魔力の消費も激しい。

 それらに加えて、――使用後は全身が酷い筋肉痛に襲われる。

 時空の行き来自体、自然な時の流れに歯向かうようなもの。体に大きな負担が掛かっているのは明白だった。最低でも3日は動けなくなるので、アーベルは使いたくはない。よっぽどの事がない限り。

 冷たい水で浸した布が額に乗せられる。少しだけ落ち着いたらしいすぐ下の弟であるレーヴェは、枕元でグズグズと鼻をすすっていた。

「レーヴェ兄上……」
「レーヴェ兄さん、汚い……」

 更に下の双子の弟であるルートヴィヒとメーベルトは、次兄の勢いに若干引いている。でも、この場に居るということは、レーヴェと同じようにアーベルを心配して居てくれていたのだろう。
 レーヴェの勢いに押されているだけで。
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