毒壺女子と清澄男子
一通りのアポイントを終え、開店の10時を迎えるとカラリと店の引き戸が開き、恭しく暖簾を持った和服の女性がひらり、カランと軽やかな音を立ててそれを掛ける

並んでいた順にそう広くはない店の中へ通され、前のパズルゲームマンがメモ用紙を片手に注文し終えた後、スマホをモタモタとしまいこんでから財布を出すために今度はバッグを探りだす有り様を見て、論理的思考などあんなもので育つわけがないのだと持論に確信を持つ

彼の前の女子大生風はさっさとプラチナ色のカードを切って茶席用の生菓子を二折買うと、店員のおばさんと親しげに二言ほど交わして颯爽と去って行ったと言うのに

「大変お待たせ致しました~」

モタモタと支払いを済ませ、更にカタカナの会社名の領収証を切らせて手をわずらわせたヤツがまだ店を出ていない段階で、わざと『大変』に力を込めて言うおばさんに親近感を抱きながら『特製栗羊羮』を二棹頼む

「お使い物用でお箱入りになさいますか? 」
「いいえ、ご挨拶程度なので普通の包装でお願いします」

いくら神田さんからの紹介とは言え、初回の訪問時に桐箱入りの羊羮を差し出すのは押し付けがましいと思い、あっさりとした包装にして貰う

それでもそのお値段は二棹で5000円となり、うちの実家の近くにある満月堂の栗羊羮との価格差に内心ビビる

後になって知ったことだが栗は丹波産の超大粒を使い、小豆は北海道産で有機栽培の大納言小豆を使って、更に毎日毎日職人が丹精込めて作っているのでその値段だったのだが……

「高い……」

黒地に金色で竹と虎の意匠をあしらった紙袋を手に店を出て、すかさず取引先回りでお土産かと勘違いされないよう常に持ち歩いている黒の大型サブバッグへ紙袋ごと入れようとした時、事件は起きた
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